155話 これが愛
《アリッサSide》
人気歌手、アリッサ・洗馬は目を覚ます。
そこは第二の自宅である、上松勇太の所有する家。
『おん? 起きましたかな?』
隣からロシア語が聞こえてきた。
ふとみやると、そこには同居人のイラストレーター、みせやまこうがいた。
「……皆さんは?」
『かみにーさまは仕事、みちる姉さんは買い物、由梨恵パイセンは……』
そこへ……。
「ありっちゃん、おっはー!」
由梨恵がお盆をもって、アリッサの部屋へとやってきたのだ。
「こうちゃんのオヤツ持ってきたんだけど、ありっちゃんの分もあるよ! アイスケーキ!」
『アイスケーキ? さーてーわんですかなっ?』
お盆の上にはホールのアイスケーキが置いてある。
由梨恵は持ってきたナイフで、人数分切って分ける。
「はいこうちゃんの分!」
『さーてーわんのアイスで、みんな何が好き? こうちゃんはロッキーロード!』
はぐはぐ、とこうがアイスケーキを食べる。
由梨恵は切り分けたアイスを、笑顔で突き出してきた。
「はいどうぞ! あ、そうだ、食べられる?」
「……はい」
「良かった! あ、そうだ食べさせてあげるねっ」
アリッサが体をゆっくりと起こす。
由梨恵はフォークで突き刺して、一口大のアイスを出してきた。
「はい、あーんっ」
「…………」
「ん? どうしたの?」
「……いえ。申し訳なくて」
今日はクリスマス、由梨恵が今日をとてもとても楽しみにしていたことは、同じ境遇のアリッサがよくわかっていた。
由梨恵は人気声優。
ほとんどの時間家にいないのだ。
歌手も忙しいが、由梨恵は声優であり、仕事のほかにもボイトレや、地方でのイベントは多い。
「……ごめんな……むぐっ」
アリッサの口の中に、アイスケーキを突っ込んできた由梨恵。
彼女の笑顔は、しかしいっさいの曇りはなかった。
「もう、何度も謝らなくていいんだよっ。もう済んだことですっ」
「もぐ……でも……デートできないのって、辛くないですか?」
「大丈夫、別にデートしなくても、勇太君からの愛情は感じてるしっ」
「……そうなんですか?」
「うん! たとえばねー」
由梨恵がアリッサの隣に座って、ニコニコしながら言う。
「勇太君って、わたしのライン、すぐに返してくれるの。わたしほら、結構おしゃべりっていうか、何かあるとすぐにラインしちゃうんだー」
そう言って由梨恵がスマホを取り出す。
勇太との通話が表示されていた。
【おはよー! 今日もさむいね~】
【おはよ、そうだね、さむい。風気をつけてね】
【しゅうろくおわたー!】
【おつかれさまー】
……何気ないできごとがあるたび、由梨恵はラインをしていた。
「前にね、みちるんに言われちゃった。送りすぎって」
「……た、たしかに……」
一日にすごい何十件もラインを送っている。
特に要件がないのにである。
「でね、勇太君に言ったの。ごめんね、うざいよねーって。そしたらね、きょとんとした顔で言うの。どこがって。ふふ……それがね、すっごくうれしくってさー。愛されてるなーって」
「……愛」
愛ってなんだろうか。
目に見えないものであると同時に、いまいちこれだと定義ができるものではない。
「……愛、ってわかりません。なんなんでしょう」
「うーん……わからん! けど、多分大事にしてくれるってことなんだと思うよ、見返りもなくさ」
「…………」
言われても、わからなかった。
由梨恵は言う。
「こういうのって、考える物じゃないよ。感じるものだよ! あ、そうだ! このケーキね、さっき勇太君がウーバーで頼んだの。わたしたちのために、今日は外出れないからって」
「……ユータさんが」
「うん! ああ、愛だなぁって感じたよ! ますます勇太君のこと、好きになっちゃったな!」
……まだアリッサには、由梨恵の言うところの愛というものがわからない。
由梨恵が、とても羨ましかった。
きっと彼女はすごく、感受性が豊かなのだろう。
愛を、感じ取ることができるくらいに。
「……愛、わからないです。わかる日は来るのでしょうか」
「来るよ!」
即答だった。
由梨恵はいつだって笑顔で、マイナスのことを一度も言ったことがない。
ポジティブの塊のような彼女がそばにいるだけで、心が、温かくなる。
「ありっちゃんも、わかる日は絶対来るよ! てゆーか、もうわかってるよ! 多分、言葉にできないだけで!」
「…………」
由梨恵は、心が強い。
ちょっと頭のネジが緩んでいるけど、それでも……自分にないものをたくさん持って、羨ましく思う。
「……ユリエさんは、強くて素敵です」
「ほんとー! たはー! まいっちゃうなー! でもでも、ありっちゃんも美人で素敵だよ!」
「……そんなことないです」
「そんなこと大ありだよ! 大人びててー、歌上手くてー、かっこいい!」
由梨恵がそんな風に褒めてくれるので、少し、元気が出た。
「ありがとう、ユリエさん」
「どーいたしましてー! さ、残りのアイスケーキ……え、えええ!? ケーキがなぁい!」
お盆のケーキがすっかりからになっていた。
『おや? こうちゃんのためのケーキだとばかりに』
「こうちゃんが食べちゃったんだね! 謎は一つ解けた! いっぱい食べるこうちゃん、素敵だね!」
『おう……。なんというポジティブモンスター。略して、ポジモン』
「なんて言ってるかわからないけど、ありがとう!」
むぎゅーっ、とこうを抱きしめる由梨恵。
こうは一口分だけのこっていたアイスケーキを、アリッサに向けてくる。
『お一ついかが?』
……ああ、ここにいる人たちは、みんないい人達ばっかりだとアリッサは思った。
彼女は思い出す。
大きなマンションに、ひとりで暮らしていた自分を。
お手伝いの人がくるだけで、家にはアリッサただ一人だった。
でも……ここは、温かい。
体じゃない、心が……。
「ああ……そっか……」
これが、愛なのだろう。
今感じている、これこそが……。
「ありっちゃん!? どうしたの? こうちゃんがケーキ全部食べちゃったのが悲しいのっ?」
『何でもこうちゃんのせいにするのはよくありませんぞ? まあ全部食べたのは事実なのですが』
ふるふる、とアリッサは首を振って言う。
「……いえ、たしかに、感じました」
「そっか……! よかったねー!」
「はいっ」
由梨恵がアリッサに抱きつく。
嫌じゃなかった。本当に、由梨恵は、この家の人たちは、温かいって、そう思ったのだった。
『おん? 今回の話って、こうちゃんただケーキ食ってただけ? いやしいキャラになってない?』




