145話 来る冬コミ締め切り
芽衣さん引っ越してきた日の夜。
ふと僕がトイレに起きると……。
「あれ? こうちゃん?」
こうちゃんの部屋から明かりが漏れていた。
PCの前に座って、ヘッドセットをつけている。
こうちゃん結構夜型だ(たいていゲームしてるけど)。
「締め切りやばいって言ってたから、原稿やってるのかなー……なんてね」
こうちゃんと出会ってもう半年経過。同棲してからもそこそこ立ってる。
この子が、どんな子であるか。
僕にはわかっている。
後ろから近づいて、PCの画面を見やる。
「しっと! おー! しっと! いえす! きる! わんきーる! いえー!」
「こうちゃんまたエペやってる……」
エペとは、銃で撃ち合うゲームのこと。
この子はまじで、暇さえあれば、ずぅっとこのエペをやってるのだ。
「こうちゃん」
「!」
ぎぎぎ……とさびたゼンマイみたいにゆっくりと、首をこっちに向けてくる。
「ちゃうねん」
「まだ何も言ってないけど……」
こうちゃんはブラウザを消して、僕をみながらいう。
『これはね、違うの。ちょっと休憩してただけなの。ほんとは今までずっと原稿やってってね? ちょーど疲れて五分だけゲームしようカナーって思ってたとこなの!』
「はいはい。進捗はどうですか、みさやま先生」
こうちゃんはにっこりスマイルを浮かべて、両腕を横に広げる。
そして……。
〇を作った。あらま。
「珍しい。進捗オッケーってことだよね?」
「のー」
「え?」
「進捗……ゼロです!」
〇じゃなくて0だった。なんて紛らわしい……。
「こうちゃん……君、冬コミの原稿もあるんじゃあないの?」
今は12月23日。来週には東京で大きな同人イベント、冬コミがある。
こうちゃんはそこで同人誌を作って売ってるのだ。夏もそうだった。
さっ、とこうちゃんが横を見る。
「冬コミの原稿は?」
「…………4p」
「何ページ中?」
「…………32p」
「締め切りは?」
「…………今日」
ふぅ……。
「今年は不参加だね」
『で、でるわい!』
ロシア語で何かを言うこうちゃん。多分出るって言ってるんだろう。
「さすがに今日中に30ページ近くは仕上がらないでしょ」
『仕上がります! やる気マックスふぁいあーになれば!』
多分できるって言ってる気がする。
「でも冬コミの原稿も、ラノベの原稿もあるんだよね?」
「にゅふん」
こうちゃんが万歳する。お手上げのポーズだろうか。
「前から思ってたけど、こうちゃんってスケジュール管理ど下手なのに、どうして次から次へと仕事を受けちゃうの?」
フッ……とこうちゃんがニヒルに笑う。
そして、ぐっ、と親指を立てた。
「しょーにんよっきゅー、満たされる!」
「…………」
『あ、待ってかみにーさま。無言で帰らないで~』
こうちゃんが僕の腰にしがみついてくる。プロ意識とかじゃなくて、承認欲求があるがゆえに、仕事うけまくってるとか……。
『こうちゃんが何のために原稿やってるって思ってるの? チヤホヤされるためだよ!』
「はいはい。じゃあ原稿がんばろうね」
『あーん、かみにーさま、こうちゃんやるきでーなーいー』
口を3にして、こうちゃんが見上げてくる。
「何その顔」
『やる気が出ないと仕事する気になれませんな』
多分仕事したくない言い訳してるんだろう。この子はそういう子なのである。
言葉がわからなくてもそこはわかる。
「芽衣さんじゃあ芽衣さん呼んでくる?」
『鬼か貴様ぁ……!!』
芽衣さんあの人結構仕事しない人に容赦ないので、こうちゃんのケツを叩いてくれると思う。
「芽衣さんまだ仕事してたから、呼んでみるね」
『やめろぉお! こうちゃんを殺す気ぃ!?』
腰にしがみつくこうちゃん。その状態で僕は部屋を出る。
芽衣さんの部屋を開けると……。
「あらゆーくん、とこーちゃんどうしたの?」
「こんばんは。芽衣さん。実はこうちゃんが……」
説明中。
「ははん、なるほど。じゃあお姉さんもこーちゃんと一緒のお部屋で仕事してあげる♡」
『ひぃ……! いやじゃぁ!』
こうちゃんが青い顔をしてブルブル首を振る。
芽衣さんは自分のPCを持って、こうちゃんの部屋へと引っ込んでいく。
「さあみさやま先生。冬コミの原稿も良いけど、ラノベの原稿余裕で締め切りぶっちしてるから、そっちからやりましょうね~」
『の、のー! こうちゃん冬コミの原稿が! ラノベの原稿も併せてやったら頭おかしくなるでぇ!』
「え、がんばって絵を描きます? その意気やよし! さ、朝まで仕事しますよ~」
『い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
……こうちゃんが死にそうな表情で、そう叫ぶのだった。合掌。




