112話 初恋の人と遭遇
ラノベ作家白馬は、大学入学時に、初めて一目惚れというものを経験した。
ひったくり犯を捕まえた、美女。【イチカ】。
彼女を探すものの、見つからず、1ヵ月が経過した。
「ふぅ……」
5月上旬、白馬たちは駅前にいた。
「どうした、白馬?」
彼の隣には、背の高い、地味な男が立っている。
「いや、なに。人生はままならないなと思ったまでだよ、岡谷くん」
彼は岡谷。
白馬の同級生だ。
現在、彼らは大学の新入生歓迎のオリエンテーションに参加しようとしている。
1年生を対象に、バスに乗って、伊豆まで行くことになっていた。
オリエンテーションに際して、班長を選出することになった。
誰もが面倒くさいと手を上げないなかで、立候補したのが白馬と、この青年、岡谷であった。
「それはそうだろう。人生、思い通りいってるのなら、みんな幸せになってるさ。神様ってやつは、いじわるなんだよ」
岡谷の発言には、どこか、実感がこもっているようだった。
何か上手くいかないことでもあったのだろう。
「それより今は、班長としての仕事だな」
「うむ! そうであったな岡谷くん」
イチカに合えないのは残念であるが、しかしそれはそれ。
彼らはこれから、一年生たちの出欠確認をするところだ。
「バスは2台。俺がこっちのバスで出席取るから、お前は逆側を頼む」
「心得た」
白馬は岡谷と別れ、少し離れたところで出席者の点呼を行う。
ほどなくして、1年生たちが乗り込む。
「そっちはどうだ?」
「問題ないよ」
「こっちもだ。それじゃ、乗るか」
岡谷と白馬はともに、同じバスに乗る。
バスは出発し、伊豆へと向かって走り出す。
「ふぅ……」
窓際に座り、息をつく白馬はとても絵になっていた。
きゃあきゃあ、と同級生たちから黄色い声が上がる。
きらん、と白馬が白い歯をのぞかせると、女子たちはさらに白馬に夢中になる。
「様になってるな」
「癖なんだよ」
岡谷からお茶のボトルを渡される。
「これは?」
「なんか疲れてるみたいだったからさ、乗る前に買っといたんだ」
岡谷から手渡されたボトルを見て、ふっ、と笑う。
「ありがとう岡谷君。君は良い人だね」
「そりゃどうも。1泊2日の班長だけど、よろしくな」
「うむ!」
岡谷は白馬から出席者のリストを受け取り、最終的な参加者の人数を数えている。
すごい速さでチェックしていく。
「イチカ君はどこにいるのだろうか……?」
ふと、白馬がこぼす。
「イチカ?」
「ああ。この学校に通っているはずなのだけど……」
いや、もしかしたら違うのかもしれない。
けれどあの日は入学式だった。しかも大学が近くにあった。なら新入生である確率は高いと言えるのだが……。
「俺の友達にイチカってやつはいるぞ」
「! 本当かい!?」
「ああ。そいつも1年生だよ。ほら」
チェックリストのなかには、【贄川 一花】の文字があった。
「にえかわ、いちか……」
「まあその女がお前の探してるイチカと同じかどうかはわからんがな」
と、そのときだ。
「ん?」
岡谷がふと、窓の外を見やる。
「ってぇ!」
「は、白馬……俺の、目の錯覚かな? バスに並走してる女がいるんだが……」
その言葉を聞いて、白馬が窓の外を見やる。
美しいフォームで全速力で走る女がいた。
黒い髪の、美女。
「彼女だ!」
「運転手さん、止めてください」
岡谷が声をかけると路肩にバスが留まる。
白馬が座席を立ってドアから降りると、そこに、長い髪の……あのときの女がいた。
「ぜえ、はあ……すみません。妹を幼稚園まで送ってたら遅くなってしまって……」
「あ、ああ……その、イチカ、くん?」
「はい? あら、君は、あのときの……」
額に汗をかいてる、彼女は、あの時……スクーターに並走していた女性だ。
自分が、探し求めていた女だった。
「やっと会えた。僕は君を探して……」
と、そのときである。
「おい白馬、それと、贄川も。早く乗らないと遅れるぞ」
バスから、岡谷が下りてきたのだ。
その瞬間……。
「お、岡谷君!」
ぱぁ、とイチカ……一花が、笑顔を向けたのだ。
その美しい笑みに、ドキリとさせられる。
……けれど同時に、嫌な予感もした。
さっきまで大人びた笑みを浮かべていた、一花が。
まるで、恋する乙女のような顔になったからだ。
白馬は振り返る。
そこには、同じ班長の岡谷がいる。
「おまえ、遅れるなら連絡くれよ」
「ご、ごめんなさい、その……いろいろあって……」
白馬は、理解してしまった。
その顔を、よく知ってるから。
自分に、数多の女性が、向けてきたから。
その顔を知っている。
……なんてことだと、白馬は内心でため息をついた。
「さっさと乗ってくれ」
「ええ!」
一花が笑みを浮かべてうなずく。
その先にいるのは、岡谷。
自分ではなく、彼に。
一花は、どうやら恋をしているようだと、白馬は理解してしまったのだった。




