111話 白馬の初恋、出会い
白馬王子。
日本のトップ製薬会社、白馬製薬の御曹司として生を受ける。
容姿端麗、成績優秀。
家柄を鼻にかけることなく、誰にでも分け隔て無く接する。
頭も良くて金も持っていて背も高い。
白馬は幼少期よりモテた。
それは当然と言えた。
何もかもを持ち合わせている、まさに完璧超人。
モテないわけがない。
……しかし白馬は誰とも付き合ったことがなかった。
なぜなら……。
★
それは今から10年ほど前、白馬は慶応(京櫻)大学の入学式に参加しようとしていた。
真っ白なスーツに甘いマスクのイケメン。
ただ歩いているだけで、女子達が自分を振り返る。
目が合うと顔を赤くし、きゃーきゃーと黄色い声をあげる。
女子達に手を振ってかえしてあげる。
「おや?」
横断歩道にさしかかると、そこは、向こう側に渡れずに困っている老婆がいた。
どうやら足が悪いらしい。
歩行者用の信号がすぐにパッと変わってしまうため、渡れずにいるようだ。
誰もが老婆を無視して、先に進んでいくなか……。
「やぁレディ。何かお困りかな?」
白馬はまっすぐに老婆の元へ行き、声をかける。
「向こうに渡りたいだがねぇ……」
「オーケー。それでは、私と一緒に向こうに渡ろう」
「いいのかい?」
「もちろん! さっ、お手を拝借」
老婆と手をつないで、白馬は横断歩道を渡る。
決して急がせず、しかしペース配分を考え、老婆に負担をかけさせないようにして渡り終えた。
「ありがとうねぇ。なんとお礼を言えばいいか……」
「なに、気にしなくて良い。困っている女性をほっとけない質なのだよ」
ふっ、とかっこいいポーズを取る白馬。
老婆はうれしそうに笑って、頭を下げる。
白馬にとって人助けは呼吸をするのと同義だ。
人より多くを持って生まれた彼は、困っている人を助ける義務がある、と思っている。
ノブレスオブリージュ。恵まれているからこそ、誰かに恵みをもたらすものであれ。それが、父・五竜からの教えであり、それを常に実行してきた。
「では、さらばだ!」
白馬は老婆と別れて、大学へと向かおうとした……そのときだ。
「きゃああ! ひったくりよー!」
先ほどの老婆が持っていたハンドバッグを、スクーターに乗った男が、持ち去ろうとしていたのだ。
「待て!」
白馬は当然追いかける。
だが相手はスクーター。しかも大型。違法改造してるのか、かなりの速度が出ている。
「くっ……! なんて速い!」
とても成人男性の足では追いつけないような速さだ。
スクーターに乗っていた男が、老婆が大事そうに抱えていたバッグを、理不尽に奪おうとしている。
「ゆるせん……!」
必死になって追いかける白馬。
だが距離はどんどんと離されていく。
がっ……!
「ぐわっ!」
石に蹴躓いてしまい、白馬は地面に倒れてしまう。
「くそ……!」
そのすきにスクーターは更に速度を上げてさっていこうとする。
だが諦めず、立ち上がって追いかけようとした……そのときだ。
「そこで待ってて!」
「え……?」
白馬の横を、凄まじいスピードで、誰かが通り過ぎていった。
髪の長いスーツ姿の女性だった。
長い髪の毛をたなびかせ、背筋をピンと伸ばし、マラソン選手のような見事なフォームで走って行く。
……その姿に、思わず見とれてしまう白馬。
黒髪の美女は違法改造したスクーターにあっさりと追いつくと……。
「おばあさんの大事なバッグ、何かってに奪おうとしてんのよ!!」
なんと、跳び蹴りを食らわせたではないか。
弾丸のごときスピードでつっこみ、そして相手のヘルメットごと蹴飛ばす。
男はスクーターから、まるでボールのように吹っ飛ぶと、地面にぐしゃりと倒れた。
跳び蹴りを食らわせた女性は、すたっ、と華麗に着地を決める。
「…………」
あまりに早く、一瞬の出来事だった。
だが彼の目は一部始終をしっかりとらえていた。
「そこのイケメンのお兄さん?」
「あ、ああ……なにかね?」
女性は近づいてきて、バッグを渡してきた。
「これ、おばあさんに返してきて」
「……君は?」
「あたしはほら、この不届き者を警察に連れてくからさ」
蹴飛ばされた男は、虫の息だが、しかし生きていた。
ぐいっ、と彼女が立ち上がらせると、その場をあとにしようとする。
「君! ありがとう!」
白馬は彼女に声をかける。
「君のおかげで助かった。レディのかわりに、礼を言おう」
すると美女は笑って首を振る。
「何言ってるの。あなたが必死になっておいかけたおかげじゃないの」
「しかし私は追いつかなかった……」
「それでも、よ。あなたの全力疾走が、目にとまった。だから、私は異常に気づけたの。だからあなたの手柄」
ね……と女性は微笑む。
その笑顔を見て、白馬の心臓は、これまでにないくらい高まった。
「そういうことだから、じゃ」
女性は倒れ臥す成人男性を、まるで米俵のように軽々と持ち上げる。
そしてえっさほいさ、と小走りに去って行った。
「…………」
もっと、話したかった。
だがあっという間に彼女は見えなくなってしまう。
「また、会いたいな……おや?」
彼女が走り去ったあと、地面にハンカチが落ちていた。
ハンカチには刺繍が施されていた。
【N・ICHIKA】
「いちか……くんか」
それが白馬の初恋の相手、ワンこと、一花との出会いだった。




