104話 由梨恵のために
【★大切なお知らせ】
書籍化&コミカライズが決定しましたー!
ありがとうございます!
詳細はあとがき&活動報告にて!
※書籍化際してタイトルが変更になってます!
旧タイトル「【連載版】「あんたが神作家なわけないでしょ」と幼馴染みからバカにされたうえに振られた~陰キャな僕が書いたWEB小説が書籍化・アニメ化・映画化までされた後に、作者が実は僕だったと気付いたところでもう遅い」
僕、上松 勇太は、声優の駒ヶ根 由梨恵とともに、お台場の夜の公園にいる。
お兄さんである白馬先生からの電話を受けて、彼女をホテルから連れ出した。
由梨恵には、婚約話が来ているらしい。
「お母さんたち、ね……本当は私が声優になることも、許してくれなかったの」
ベンチに座る由梨恵がぽそりとつぶやく。
「声優なんてくだらないって。でも……私にとっては、初めてできた目標だったの。初めて、自分でやりたいって思ったことだったの」
「両親が反対してるなら、なんで今、やれてるの?」
「お兄ちゃんが、説得してくれたの。長い時間かけて、必死になって」
白馬先生の働きがあって、由梨恵は今、声優をやっているらしい。
「でも……お兄ちゃんの必死の説得を聞いても、両親が許してくれたのは、私が結婚するまでの間。だから……」
「そっか……結婚したらもう、声優ができないんだね」
こくん、と由梨恵がうなずく。
ぽたぽた……とその大きな瞳から涙が零れ落ちる。
「私……勇太君たちとの生活も、大好きだし、声優のお仕事も、もっともっとしたいの……でも……結婚したら、全部なくなっちゃう。それが、嫌で……」
由梨恵が両手で顔を覆う。
いつも笑顔を絶やさない彼女が、こんなにも悲しむなんて。
そこまで、僕たちのことを大事に思ってくれてるんだ。
声優の仕事に、そこまで、本気でいてくれてるんだ。
……なんだか、悲しくなってきた。
由梨恵の両親は、どうしてこんなに、娘の意見を聞いてくれないんだろう。
僕の家は、僕の家族は、いつだって息子の意見を尊重してくれた。
作家を引退するって宣言した時も、否定しないで認めてくれた。
無条件の信頼と愛を、子どもに与えてくれる。
それが家族だって、僕は思ってる。
だから……僕は。
こんな子供の意見をないがしろにする、由梨恵の両親に、腹が立った。
……そして何より、両親に振り回されて、涙を流している彼女を、どうにかしてあげたいって思ったのだ。
「由梨恵。泣かないで。僕が何とかするから」
彼女が顔を挙げて、僕を呆然と見やる。
「ゆうた、くん……今、なんて?」
僕は由梨恵の体を抱きしめる。
ぎゅっ、て、抱きしめる。
彼女の近くで、きちんと聞こえるように言う。
「僕が由梨恵の両親を説得する。由梨恵が僕らと一緒にいられて、声優のお仕事を続けてもいいようにする」
由梨恵が息をのむ。
ぶるぶる……と彼女が体を震わせる。
「……気持ちは、うれしいよ。勇太君が、私のために、やってくれようとしてくれたこと。でも……無理だよ。お兄ちゃんの話すら聞いてくれないんだよ?」
身内に耳を傾けてくれないやつが、他人の言葉を聞いてくれるとは思えない。
由梨恵はそう危惧しているのだろう。
「大丈夫。僕がなんとかするから」
由梨恵が戸惑ったように、僕に聞いてくる。
「どうして……そこまでしてくれるの?」
「簡単だよ」
そう、簡単なことなんだ。
彼女の過去を聞いて、体が動いた。それだけなんだ。
彼女が泣いてる姿を見ているのがつらかった。
彼女には笑ってほしかった。
それはとどのつまり……。
「君が、好きだから」
僕がみちるに振られてショックを受け、狭い世界に閉じこもろうとしていた時期がある。
父さんに連れてってもらったパーティ会場で、初めて僕に声を掛けてくれたのは、由梨恵だった。
最初に由梨恵と出会わなかったら、僕はパーティ会場を後にしていただろう。
陰キャの僕に、きらびやかな世界は似合わないって。
でも、あのとき。
由梨恵が声を掛けてくれた。話を聞いてくれた。友達になってくれた。
だから、あの場から逃げ出さないでいられた。
結果僕は、たくさんの人たちと出会った。
広い世界の存在を知れたんだ。
あのときから、思えば僕は由梨恵に、無意識にひかれていたのだろう。
「僕は笑ってる君が好きだ。仕事に一生懸命な君も、みんなと楽しそうにしてる君も大好きなんだ」
だから、そんな由梨恵から笑顔を奪う、両親が許せない。
「大丈夫、僕に任せて。君の大事なもの、僕が守るから」
「ひく……! う、うぅううう……」
由梨恵が僕に抱き着いてくる。
ぎゅーっと、離さないように、強く、強く。
「……勇太君。お願い……たすけて」
そんなの、当たり前だ。
いわれるまでもない。
大好きな女の子の笑顔を守るのは、主人公の役割なのだから。




