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伝奇世界の悪役令嬢※90年代からきました  作者: 海老
トミーおじさんの大召喚物語
73/116

みんなで行く軽井沢

 現在、トミーが運転するマイクロバスは軽井沢に向かっていた。


 全員が乗れる車がこれしか無かったため、レンタカー屋で借りてきたものだ。

 マイクロバスの座席というのはテンションが上がる。腰掛けるだけで、ちょっとした旅行気分になるからだ。


 レンタカーのマイクロバス。その乗り心地は、思ったほど悪くない。しかし、ギリシアと北欧の神を乗せてよいものだろうか。


 問題解決のため、彼らは全員で旅立った。若松と千草まで含めた全員で行くことになったのである。


「おおっ、ここが噂の軽井沢かいな! 人生で初やで。おれもセレブの仲間入りちゃうか」


 大型と二種免許を持っているトミーは、ほとんどの車を運転できる。

 かなり長い時間を運転したというのに、元気そのものだ。

 小旅行にテンションが上がっており、ドライブも快調。



 その車中といえば、混沌としている。



 移動時間に語るロキの物語は、小夜子を感動させるものだった。

 三時間に及ぶロキが語るこれまでの紆余曲折に対し、小夜子のテンションは鰻登り。

 まさか、90年代伝奇小説のようなことが、現実に起こっていたとは!


「わらわ、感動した! 徳間ノベルズであれば全六巻に及ぶほどの物語じゃ」


 ダイジェストでお送りしよう。





 キリスト教圏に吞み込まれて以来、北欧の神々への呼びかけなど皆無。かの有名なロキであってもそれは同じだ。


 そんな時代に、あまりにも遠い異国から呼ばれた。

 なかなか面白そうだと物見遊山で呼びかけに応じたロキは、バブル期の東京に顕現する。


 新たな神話の到来かと思われた召喚も、ただバブル期の日本で過ごすだけに終わった。

 イカレた大富豪の茶飲み友達をするだけ。


 とはいえ、大富豪には敵が多かった。そうなれば、ロキもそれなりの仕事をすることになる。だが、それでもそれだけだ。ヤクザや政治家との戦いなど、ロキにとっては眠たいものに過ぎない。


 ロキを呼び出した大富豪は、政権に影響を与えるほどの力を持っていたが、バブル経済の崩壊によって破滅した。


 当時は世間を騒がせたが、ただそれだけ。


 バブル期に巨万の富を得たのも、破滅したのも、彼が自分でやったことでしかない。ロキは何も助力していないのだから、まさに傑物だったのだろう。


 さて、現世もこれきりというところで、大富豪の孫娘が一文無しで世間に放り出される。

 ロキは気まぐれから孫娘を助けた。

 ここから紆余曲折とラブロマンスを経ること数年、二十一世紀の始まりに成長した孫娘を妻に迎えたのであった。





 語り終えたロキは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。そして、流れゆく車窓の景色を見ながら言う。


「異界の小娘、お前に感動されたところでどうにもならん」


「ロキ様、何にせよ奥方様を見ねばどうとも言えぬ。日ノ本の呪詛であっても、きっと抜け道はあろうよ」


 小夜子はそう言ったが、幾つか考えた抜け道の全てが難しいものだ。

 後ろの席にいた初老の紳士がそこに口を挟む。


「なるほど。お子様が日本の宿命を背負うということですな。確かに、三輪(みわ)山の巫女に倣えば【(はし)女陰(ほと)を突いて死ぬ】のが宿命でしょう」


 小夜子が振り向いて、じっと紳士の顔を見た。


「目羅博士、適当な姿に化けろと言うたが、そのロマンスグレーなハンサム老紳士は目立つじゃろ」


「こういう姿は得をするのですよ。それに、私のイメージにぴったりです」


 平然と言う目羅博士に、小夜子は軽蔑の視線を向けた。


「外見はまあよい。それより、博士を名乗るだけあってなかなか詳しいではないか。ロキ様は異国の神であるし、お子といえばフェンリル狼にミッドガルド蛇じゃったの。確かに三輪山と似ておる」


 男神と通じた女が孕んだ子は産まれることができない。母と共に死ぬ。もしくは、人の形では産まれず、異形の存在として生まれ異界へ還る。


 目羅博士は紳士然とした調子で言葉を続けた。


「女神と人の男であれば、人の形で子供を産めたのでしょうがね」


 かつて、小夜子が相対した安倍晴明(あべのせいめい)はまさにそれだ。女神を母とする彼は、長ずるにつれて天才で()()()()()人になった。


「むむむ、いずれにせよ奥方の様子を見ねば動けんな。トミー、目的地まではどれくらいじゃ」


 運転席から、トミーは大声で返事をする。


「あともうちょいや。いやあ、友達の奥さんと会うのって妙に緊張するなあ。なんでなんやろ」


 トミーは本当に状況を分かっているのか。

 小夜子が怪訝な顔をすれば、ロキがほんの少しだけ、微かに笑った。


「お前らは、奇妙な連中だよ。恐竜人よ、お前もだ。どうしてついてきた?」


 銀髪の紳士に化けた目羅博士は、くくくと笑う。


「トミーさんにしてやられたままでは悔しいからです。顛末を見届けて、最後には笑って差し上げるためですよ」


 ロキはその返答に、どうしてか満足した。耳当たりの良い言葉なら、それこそフェンリル狼をけしかけていたというのに、この回答ならそんな気もなくなる。


 こいつ嫌いだと小夜子は思った。そして言葉を続ける。


「ロマンスグレー気取りでロクデナシはなかろうよ。目羅博士、裏切ったらどうしてくれようか」


「ははは、私が裏切る時は、あなた方が負けた時ですよ」


 そんなことを言っている内に、マイクロバスは自然豊かな別荘地へと入り込んでいく。

 軽井沢と言えば、お金持ちの別荘が立ち並ぶという90年代イメージのままでいた小夜子である。不景気の到来から続く昨今、売り物件の多さに愕然としていた。


「うむむ、もっとほれ、庶民には手が届かんというイメージなんじゃが……」


 そんな小夜子をロキが鼻で嗤う。


「俺がこの国に出てきた時は、賑やかすぎて辟易(へきえき)としたものだ」


 バブル崩壊から端を発した怒涛の凋落は、高級別荘地にまで及んでいるということか。異国の神がそれを間近に見ていたというのも、なかなか奇妙である。


 マイクロバスがたどり着いたのは、いかにも別荘という邸宅であった。

 八十年代当時に建築されたとすぐ分かる、当時の雰囲気を感じるどこか野暮ったい西洋風建築の三階建てである。


 奇妙な一団はロキの案内で屋敷に入る。

 ロキの施したルーン魔術の結界は、神の目すら欺くものだろう。しかし、この土地は日ノ本だ。伊邪那美(いざなみ)大神の定めた呪いからは逃れられない。


 邸宅に入ると、年老いた使用人夫婦が出迎えてくれた。


「今帰った。こいつらは、清美(きよみ)を助けるために連れてきたヤツらだ」


 ロキの言葉に、老夫婦はほっとした顔になる。緊張を解いた様子だ。


「清美様は、今日もお変わりありません」


 老婆の声はどこか暗いものだった。

 ハデス氏は邸宅の気配に気づいて、眉をひそめた。

 一般人であるトミーだけは、「雰囲気あるやんけ」ときょろきょろしながら言っているが、他の面子には分かる。

 神が放つ強烈な気配を塗りつぶさんばかりの、呪いが渦巻いているのだ。


「日本の冥界は、これをやるのか」


 ハデス氏は吐き捨てるように言う。

 それもそうだろう。これは、ハデス氏の兄でもあるギリシアの主神が行う理不尽と同質のものだ。


「お前ら、こっちだ」


 ロキの後をぞろぞろとついていく。

 三階まで上がって、白いドアの部屋へ入る。


 ドアが開いた瞬間に、皆が小さな声を上げた。

 強烈な神気が室内から発されたからだ。それは、トミーですらも圧力を感じるほどのものであった。


 部屋の中央にあるベッドに寝かされた妊婦は、二十代前半というところか。彼女が、ロキの妻である清美だ。

 ベッドを囲むように、部屋中にルーン文字が刻まれている。それらは全て、呪いから守るための守護術であった。


「ルーンは無意味だった。息子たちを呼び寄せたが、それも無駄に終わった」


 ロキがそう言うと、何もいなかった部屋の隅から灰色狼と緑色の大蛇が這い出てくる。


「私の手を嚙み千切ったフェンリル狼に、あちらはミッドガルド蛇ですね」


 目羅博士は興味深いといった様子で部屋とロキの息子たちを見回した。

 ロキは悲痛な面持ちで妻を見つめている。


「二十年前にこうなった。胎の中にいる俺の子は、清美を守ろうとしているみたいだ。よく出来た子供だよ。俺には、似なかったんだろうな」


 自嘲的な言葉を吐いたロキは、トリックスターでも悪神でもない。一人の疲れ切った父親でしかなかった。


 トミーがベッドに近づいた。

 フェンリル狼が威嚇するが、トミーは意に介さず魔狼の頭を撫でた。そこに怯えも無ければ、親愛も無い。ただ、そこにいたから撫でてみたというだけの自然な動きである。


「お前らが守ってたんやな。そうかあ、ロキさんの奥さん、清美さんっていうんやなあ。小夜子ちゃん、どんな感じや。どないかならんか?」


 小夜子は、はあっと安堵の息を漏らす。


「アンクルトミーよ、もうちっと後先を考えてくれぬか。わらわの心臓に悪い」


「狼とか初めて見たわ。でも、このでっかい蛇もやけど、頭ええんやろ。やったら、いきなり噛めへんって。それより、ハデスさんに先生も、なんかないんか?」


 言いながら、トミーは清美の顔を覗き込む。

 安らかに眠る清美は二十歳代にしか見えない。そして、安らかな顔で寝息を立てている。


 ハデス氏が口を開く。


「ロキ、お前の子供は強すぎる。現世では無理だ。しかし、タルタロスであったとしても、気づく者はいるぞ」


 今となっては、タルタロスに招いてもいいと思っていたハデス氏だったが、この子は強すぎる。それこそ、余計なものを呼び込みかねないほどに。


 目羅博士が小さく嗤う。


「くく、ハーデース様が折れるというのなら、方法はありましょうに。隠れ兜の使い方なら私が解析しております。奥様用に調整すれば、巨人を憎む神々への目(くら)ましにはなるでしょう」


「私にまたも隠れ兜を差し出せというのか!」


 一度ならず二度までも、いや正確には三度目だ。死を司る冥王に秘宝を手放せという。


「先生、そういう言い方やめろや。ハデスさん、ここは子供さんのためやで。頼むわ。それから先生、ほんまにいけるんか?」


 目羅博士は自信ありげにうなずく。


「ええ、約束しましょう。しかし、日本国内からタルタロスへの道を開かねば、それも無意味な話ですがね」


 小夜子は口元に手を当てて何事か考え込んでいたが、彼らの会話で考えがまとまった。そして、口を開く。


「トミーと目羅博士よ、ハーデース様を困らせるでない。しかし、どれも難しいのう。八百万(やおよろず)の神としてハーデース様を迎え入れでもせねば、道を開くのは無理じゃ。できたとして、ハーデース様は冥界の御方。そうなれば、伊邪那美様の影響を受けよう」


 ハデス氏は黙ったままだ。それは、肯定の意味である。

 日本の神としての側面があったとしても、死を司ることに変わりない。日ノ本の呪詛に影響をうければ、状況は悪化するだろう。


 トミーがそこで口を挟んだ。


「ハデスさんはもう日本の神みたいなもんやろ。奥さんはペルセポネで、ケルベロスを飼うてて、槍が刺さったら激熱(げきあつ)や。みんなハデスさんのこと大好きやで」


 その瞬間、誰もが「!?」という顔になる。


 トミーをよく知る小夜子からしても、彼は神話などに詳しいタイプではない。知っていたとしても、かつて少年ジャンプで連載された人気漫画、聖闘士星矢(セイントセイヤ)くらいのはずだ。


「トミーよ、なんでそんな詳しいんじゃ。普通はペルセポネ様のことなど知らんじゃろ」


 それにはハデス氏が険しい顔になる。人の奥さんをマイナー呼ばわりはよくない。


「そんなもん、パチスロしてたら知らん方がおかしいで。パチ屋の前に【冥王降臨】みたいなのぼりとかポスターとか、七年くらい常に張ってたやん」


 神々、魔人、恐竜人の魔道士、誰一人としてパチンコ屋には行かない。そして、興味も無いから、トミーが何を言っているのかすら理解できないでいた。

 ただ、誰でも知っているというのは、重要なことである。


 冥王本人であるハデス氏ですら、全く意味が分からず混乱して言う。


「トミーさん、どういうことですか。どうして私が遠い異国の日本で……」


「ええぇ、知らんへんの? おれの一番好きなパチスロ台や。万枚は三回出したし。アナザーゴッドハーデス、おれの中では最高傑作や。二番目はバジリスクⅡで、三番目はマジックパルサーやな」


 一同、ポカンとしている。何を言っているのか分からない。


「なんやお前ら。パチスロくらいええやろ。スロッターからしたら、ハーデス様は天井(てんじょう)の神や。それくらい当たり前やで」


 ここで言う天井とは、パチスロにおける規定ゲーム数消化による天井大当たりのことだ。だが、そんなことを知る者はいない。


 小夜子はポンと手を打った。


「トミーよ、朝早くからパチンコ屋に並んでる連中は、みんなそう思っておるんか?」


「そらまあ嫌いな人もいるやろけど、だいたいみんな好きやで。というか、知らん方がおかしいレベルや」


 神々は何を言っているのかさっぱりだ。ロキもまた、首を傾げている。

 小夜子と目羅博士は顔を見合わせて、目と目で通じ合うものがあった。


「ハーデース様、八百万の一柱(ひとはしら)としてあなた様を迎え入れることができるやもしれません。わらわの策が上手くいけば、タルタロスへの道も開けましょう」


 ハデス氏の困惑は深まるばかり。


「トミーさんに、小夜子さん、まったく意味が分からないのだが」


 ハデス氏を、小夜子は真剣な面持ちで見据えた。


「ハーデース様が泥を被って頂けるのならば、目はございます。あなた様を、賭博の神として日ノ本にお迎え致しましょうぞ」


 神々はこの勢いに全くついていけない。

 死を司る冥王と賭博など、何の関係もない。占いと結びつけたとしても、それを賭博に繋げるのは無理筋だ。


 トミーがそこに加わった。


「ハデスさん、おれファンやねん。頼む、日本の一部ではすでに最高神や。凱旋はクソ台やからな。頼むわ」


 ロキがハデス氏に歩み寄った。


「……冥王ハーデースよ、巨人の血が流れる俺が、頼む。力を貸してくれ。清美を、妻子を救いたい。少しでも可能性があるのなら、賭けたい」


 深々と、ロキは日本式のお辞儀をした。

 ギリシアの神々からすれば、信じられないことである。仇敵である巨人の血を引く異国の悪神が、その頭を下げたのだ。


「トミー、私は恥をかくことになりますか?」


 よく分からないというのに、嫌な予感しかしないハデス氏が問う。


「おれらスロッターからしたら、本物が来るとか最高やで! 悪く言うのもおるけど、おれと同じで、パチスロやめたら退屈で死ぬレベルのヤツらは大喜びや!」


 神は泣き落としに弱い。

 冥王も、必死のおねだりに折れた。そして、だいたいにおいてそうなのだが、嫌な予感というものは当たる。当たってしまうのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] あのとき万枚出して助かったのはハーデス様が降臨してたからか
[良い点] あーこれですよこれこれ、人間らしいアイデアですね。 人情で神を泣き落とす…これが90年代の一般人ができる人間の善良さ…よき…
[良い点] もうこの回面白すぎて何度読んでも笑うwwww トミー最高wwww
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