龍子の語ること
龍子が話しはじめた。
ユメちゃんは四年生の夏休みが終わったころに、川沿いの幽霊屋敷に越して来た。
いつも花柄のスカートを穿いているちょっと変わった子。切れ長の瞳は猫のようで、ツインテールの黒髪はいやに艶やかだった。
ユメちゃんが休んだ日、小泉くんと一緒にプリントを届けに行くことになってしまった。
小泉君はサッカー好きの男の子で、サッカーできなくてつまんねえと言いながらも何かと気遣って話しかけてくれたのを覚えている。
街で一番大きな河川。
川沿いにある荒れ放題のお屋敷は、かねてからお化けがでると噂される空き家だ。そんなところにユメちゃんは引っ越してきた。
「足木はユメちゃんの友達?」
「ううん、あんまり話したことない」
「お前、友達少ないもんな」
小泉くんにはデリカシーが無い。
悪意はないけれど、残酷なことを言う。
友達は欲しいけどあの子とは遊ぶなと言われる立場だから、仕方ないことだ。だいたいお父さんが悪い。
「小泉くんって、……まあいいか。それより、あそこで間違ってないよね?」
川沿いの廃屋は、どう見ても廃屋のまま。元はお屋敷だったのだろうけど、今はうら寂しい幽霊屋敷だ。
人が引っ越すとなったらキレイにするものではないだろうか。子供でも、あんなところにそのまま住むなんておかしいことくらいは分かる。
「うわっ、すげえとこ住んでる」
小泉君は素直に思ったことを口にする。
ひどいと言わないのは、彼の優しさかもしれないと思う。
朽ちかけた玄関に辿りつくと、呼び鈴も鳴らしていないのにドアが開いてユメちゃんが出てきた。
「いらっしゃい。プリント届けに来てくれたのよね」
ユメちゃんは花柄のスカートにつるりとした黒シャツ姿だ。一周回ってオシャレっぽく見えた。
「お、おう。元気そうじゃん」
「えっと、ユメちゃんって風邪ひいてたのよね?」
言ってから後悔する。ずる休みだとしたら、悪い言い方だ。別に咎める気はないというのに。
「かったるいから学校行かなかったのヨ。プリントありがとね。どう、遊んでいかない?」
小泉君が笑顔になった。
「お前、ワルいヤツだな。何して遊ぶ?」
「小泉くんってイカスじゃない。そこの川で亀でもイジメましょう」
なんで!? 亀をいじめて遊ぶってなに!?
「ぶははは、お前、ヤベーやつだな!」
ユメちゃんのサイコパス発言に小泉くんは大ウケだ。どうかしてる。
「え、それはワルすぎだよ。動物とかイジメちゃだめだよ」
「うーん。龍子ちゃんは真面目すぎじゃない? ついてきて」
ユメちゃんがびゅうっと駆けだすと、小泉くんもついていく。
「ちょっと、待ってってば」
それから、河原で遊ぶことになった。
ユメちゃんが捕まえていたのは危険な外来種で話題になっているワニガメだった。後で食べるために、川に造った生簀で生かしているそうだ。
一匹潰して食べようと言うから、小泉くんと一緒に止めた。必死の説得だ。だって、鎌でワニガメの首を落とそうとするから。
「美味しいのに……。まあいいか、動物を見にいきましょう」
「おっ、動物! 見たい見たい!」
小泉君にはいい加減にしてもらいたい。
嫌な予感しかしないものの、河原を歩いて案内された先には大きなネズミがいた。ヌートリアという河川に棲む外来ネズミだという。
ここでもユメちゃんは肉が美味いと言って捕まえようとするので、必死で止めた。
ユメちゃんは何をしでかすか分からない。そんな時に小泉君が石切りを始めたから、それで遊ぶことになってくれた。
変な子だけど、それから少し仲良くなった。
たまに三人で遊ぶ仲になれたけど、ユメちゃんと小泉くんはいつも制御不能。毎回、龍子だけが苦労させられる。
晴れの日は外を駆け回ってめちゃくちゃだったけど、雨の日にはユメちゃんの家でビーズや天然石のブレスレットを造った。
三人でそれぞれ作ったブレスレットを交換して、ユメちゃん作のターコイズブレスは今も手首にある。
友達関係が変わってしまったのは、それからしばらくして。
今年の始めのこと。小泉君が事故で亡くなった。
交通事故で亡くなって、一人が欠けてしまうと遊ぶこともなくなった。
ユメちゃんが「仕方ないね。人間は死んじゃうからね」と言っていたのを思い出す。だから、わたしは小泉君を生き返らせてくれるように頼んだ。
「無理無理。できないことないけど、それは小泉くんじゃないモノになるよ」
ユメちゃんが断るから、わたしは、絶対にダメって言われていたのに、箪笥の奥にある鏡を使って。
龍子の独白が止まった。
フードコートに突如として妖気が漂う。
小夜子は息を吸い込んで、漂う妖気をあますことなく吸い取った。毒性の強い妖気は、物の怪のものではない。
悪意、絶望、憎悪、それらがないまぜになった悪しき妖気だ。
「ほう、わらわの言霊に抵抗しよるか」
「余計なことに首を突っ込むなよ、小娘が」
と、龍子が龍子ではない声で言った。
男の声か、それとも女の声か。どちらともつかない異様な声であった。今まで小夜子も相対したことがない雰囲気がある。
「わらわの知らぬ気配か。お前、日ノ本のモノではないな。かといって、位相の異なる世界のものでもあるまい」
「契約は成った。小娘は引っ込んでおれ!」
龍子の喉から小さな羽虫が飛び出した。親指ほどもある黒蠅だ。その羽には、髑髏そのものの模様がある。
「ベルゼブブ? いや、紛い物じゃな。地獄の辞典にある姿とは、胡散臭い形をとりおって。フードコートの食べ物屋さんにも失礼千万じゃ。疾く去ぬがよい!」
小夜子は吸い取った妖気を体内で凝縮し、毒の吐息に変えて紛い物のベルゼブブに吹き付けた。すると、黒蠅は対抗もできず塵へと変じて虚空へ消え去る。
見た目に反して、そこまで強いものではない。だというのに、悪魔そのものの気配だけはあった。
龍子の口を借りていた何者かの気配も消える。痕跡を追おうとしたが、龍子の体と魂魄を介して出てきていた。
「契約とは厄介なことを。術者としたら左道の徒か。それとも悪魔であろうか。迂遠なやり方をしよる」
子供と契約したがる悪魔というのは、あくまで欧米の価値観だ。日ノ本でやるには迂遠に過ぎる。それに、合わせ鏡で悪魔の尻尾をつかむような魔術というのは、本来の力ある儀式が形骸化したポップオカルトの類いだ。鏡を遣うならむしろ、日ノ本や中国に伝わる術の方が強い力を発揮するだろう。
小夜子は放心している龍子の額をとんと指先でつついた。額のチャクラを活性化させ、プラーナ循環によって妖気酔いから正気に戻したのである。
「あれ、わたし? どこまで話したかな……」
「小泉くんが亡くなったというとこまでじゃな。それ以上は話さんでよいぞ。鍵をかけられているようじゃしの」
「えっと、あれ、鏡にお願いして……、それで」
何かと契約したのは間違いないだろう。しかし、正体がつかめない。安倍晴明の時とはまた違う正体不明さがある。
「よいよい。そろそろ夜になるし、わらわが家まで送ってやろう。それから、ユメちゃんとやらにも会うてみたいしの」
テーブルを片付けて、龍子を家まで送ることになった。
フードコートのセルフサービスはこんな時にしまらない。けれど、テーブルをキレイにするのは大切なことだ。
心身を清めるというのは、こういうところから始めないと意味が無い。
「あの、小夜子お姉さんって、悪いのと戦ってるんですか?」
「わらわが悪者じゃ。最終回にならんと出てこんタイプじゃからの。勘違いしてはいかんぞ」
「ええぇ……」
手を繋いで、家路を歩む。
眠気覚ましに歩いてみれば、面白いことに行き合ったものだ。小夜子はそう思って小さく笑みを浮かべた。
売られたケンカは買わねばならない。どのようなものかは分からぬが、頭をかじってやろうかと考えた。
こう寒いと、どうにも身体に精神が引っ張られる。しんしんと降る雪に埋もれて、ぐっすり眠れたらさぞ心地よいであろうなと夢想した。
数日もしたら、クリスマスがやって来る。




