小夜子のお散歩
長い夏が過ぎて秋は足早に去る。
夏の事件以来、日々は穏やかだ。
秋めいた時には秋らしいことなど思いつかず、小夜子は銀杏を食べて秋を感じることにした。
様々な食べ方のある銀杏だが、ご家庭でやるには素揚げが最も無難である。フライパンで炒めるのも良いが、これがなかなか難しい。
素揚げは160度程度に熱した油で、さっと二分も揚げればよい。
熱い内に塩をふりかけ、熱い内に食べる。この食べ方ならば、簡単に秋の旬を乙に楽しむことができるのだ。
一つだけ注意点があるすれば、銀杏は食べ過ぎると中毒症状を起こすということだ。
魔人としてその名を轟かせる間宮小夜子であれば、銀杏の毒などものともしない。
バケツいっぱいの銀杏を貪り食っていると、日々の鬱屈も晴れるというものだ。
そんな、いつもの夕暮れのことであった。
「そろそろ銀杏も飽きたのう」
間宮屋敷の居間でぽつりと小夜子が言えば、待ってましたとばかりに若松が台所へと向かう。催促したつもりではないのだが、気が利きすぎるのも考え物か。
しばらくして、若松がお盆を手に戻ってきた。
「お嬢様、農協の通販【JAタウン】で洋ナシの【ル・レクチエ】という品種を新潟より取り寄せました」
洋ナシと言えば、ラ・フランスが有名だ。
ル・レクチエとは昭和の終わりからようやく流通するようになった国産洋ナシの最高級品種である。
みずみずしくとろけるような口どけと芳醇な甘み。それでいながら後口の爽やかさが特徴であり、洋ナシの貴婦人とも呼ばれて流通量の少ない希少果実であった。
「ほう、洋ナシとは珍しいのう。絶妙に馴染が薄いくだものじゃ」
「webで見た時に、勘で美味しいと見定めやした」
美味いものを食べようとなれば、時には勘も重要となる。失敗したとして、それはそれ。残さず食べればよい。
「うむ、頂こうかの」
フォークをずぷりと刺す感触は、桃よりも繊維質の細やかさを感じる手応え。瓜に近く桃より強い。
つるりと黄白色の身を口に入れると、爽やかさの後に強烈な甘みが抜ける。歯で断ち切れながら潰れぬ食感も良い。
「むぐむぐ。……めちゃくちゃ美味い!」
馴染が薄くて美味いものを語ろうすれば、語彙が死ぬ。
洋ナシってもっとなんか青っぽさとねったりした独特の味だよね、というあの感じが無い。だが、確かに味は洋ナシである。馴染の薄さから生じるマイナス要素を一切感じられないという点で、高級感までも付加されるまさに貴婦人の味。
「お口にあいましたか」
「若松、そなたがそら恐ろしくなる時があるわ。これほど美味いものを勘で見つけるとは、流石としか言いようがないのう」
「お褒めにあずかり恐縮です」
秋のハイライトはだいたいこんな感じであった。
他にも学園祭やら何やらと色々あったのだが、学校では浮いている小夜子としては、多少のお手伝いをして義理を果した後は、見物を決め込んで不参加。
ギャル谷やオタ丸くんも似たようなもので、どうにもクラスの団結などといった催し事には参加しにくい。退魔師などと関わると、そうなってしまうのも仕方ない。
大きな事件は起きず、ギャル谷と遊んだり、時折クルミンが訪ねてきたり、生徒会長が押しかけてきたり、レンジとおままごとのようなデートをしたりで日々は過ぎている。
今年は様々なことがありすぎていたが、本来は退魔師など忙しいものではない。レンジたちのような若手であればそれなりの忙しさはあるが、小夜子が出向くほどの事件はなかなか起きないものだ。
日常は進む。
風が冷たくなり十二月はすぐにやって来た。
学校の期末試験もつつがなく終わり、小夜子は全てのテストを90点に止めた。満点も取れるが、それはまともに勉強をしている者に悪い。
若松は平均より少し上の成績を維持しており、ギャル谷は平均点をキープした。オタ丸くんを含めて、小夜子の周りは誰も補修を受けることなく乗り切った。
少しだけ変わったことがあるすれば、真亜子がテレビ進出したことだろう。
タレントで女優。薄幸の美少女は淫魔のバックアップもあって、芸能界でひときわ強い輝きを放ちつつある。
小夜子としては、本能からの殺意を抑制せねばならないので煩わしい限りだ。面倒なので殺しておけばよかったと思わないでもない。それをすることはないから、ただの馬鹿げた考えにすぎないが。
冬は眠くなる。オホーツク海か韃靼海峡か、氷の下の冷たいところにいったら、そのまま心地よく眠れるのではないかと小夜子は思う。そのまま数世紀は眠ってしまいそうだ。
これも実行しない馬鹿げた考えにすぎない。
昼日中、眠気覚ましに居間の掘りごたつを組み立てた。
何事かと駆け付けた若松は、例年より早い冬支度に首をかしげた。
「お嬢様、こんな早くに炬燵ですか」
「うむ。今年はいやに眠くなるのが早くてのう。温かくして眠らんようにする」
「少し早いですが二重廻しも出しておきますよ」
「もうアレを着る季節とはのう。早いものじゃ」
二重廻しとは、和装で用いられるコートだ。トンビマントなどとも呼ばれており、その名の通りマントのように見えることからコスプレにも用いられる。
小夜子は壁に吊るしてある狐の襟巻に目を向けた。九尾の狐の残滓である襟巻が、ふるりと揺れる。
「今年も役立ってもらおうかの。わらわの首元を温かくしておくれ」
狐の襟巻はゆらゆらと揺れて拒絶の意を示すが、小夜子は無視することにした。
「若松、眠気覚ましに散歩にでも行くことにするよ」
「左様ですか。ご用意致します。御帰りが遅くなるのでしたらまたご連絡を」
しばらくして若松がクリーニングの済んだ二重廻しを持ってきた。
襟が大きめな淡いピンク色がカワイイ。
「うむ、ピンク色は目が覚めるのう。カワイイから好きじゃ」
こたつから抜け出してインバネスを羽織ってくるりと回ってみる。裾がふわりとするところがいい。
「よくお似合いです」
「褒めても何も出んぞ。ほほほ、では街を練り歩くとしようかの」
「いってらっしゃいませ」
そういうことになって、小夜子は散歩へ赴くのであった。
縮地の法を駆使して小夜子は駅前までやって来た。
さて、いつもの駅前はさして面白くないので、たまには電車に乗ろうと思った。
切符を買って駅のホームへ。スマートフォンの決済は今一つ風情が無いので、わざわざ財布を取り出して券売機で買う。
こういうことに意味がある。
夕暮れだというのに、半端な時間のためか人はそう多くない。
ちらりちらりと人の視線が突き刺さる。
うむ。よく目立っている。
たまには街の視線を独り占めしたい。
美少女を自負しているのだから、たまにはこういうことをせねばならない。決して、真亜子が人気者になっていることに対抗意識がある訳ではない。
今日は電車に二十分ほど揺られた先にある半端な盛り場のある駅で降りることにした。
電車の中は人の温度で温い。
目が冴えてきた小夜子は、現在の見られ度を計測。
なかなかに見られている。他校の女子生徒たちがひそひそ話しながらこちらを見ているのがいい。
わらわ、美少女じゃろ? 車内で一番カワイイのは誰ぞ? わらわじゃ!
目的の駅で降りて、駅前にあるショッピングモールへ向かう。
地方都市では目立つ大型ショッピングモールだ。駅のバスターミナルに焼き芋屋さんが来ていたので心惹かれたが、ここは我慢する。
ショッピングモールを冷やかしながら、帽子でも買おうかと見て回る。
インバネスに帽子はコスプレ感が強くなりすぎる。
小夜子は似合うから良いと言えばよい。しかし、ここまでやるのであれば、ロシア辺りで流行っていそうなメーテル帽子の方がよい気がした。
練り歩いていると何度か写真の撮影を求められて、女子高生と写真を撮ったりしている内に時間がすぎた。
どうにも物足りない気がした小夜子は、フードコートへ向かう。
人もまばらな平日のフードコートである。
こういう時、向かうのはクレープ屋さん一択。
休日は子供たちとファミリーでにぎわっているため、少し入り辛い。しかし、平日であればなんの遠慮もなく入れるというもの。
小夜子が向かうと、受付の女性がにこやかに対応してくれる。
「いらっしゃいませ」
「んんん、このレアチーズケーキと生クリームが入ったものを頂こうかの。ずっと気になっておった」
「はーい、レアチー1丁入りまーすッ!」
年若い女性店員は、満面の笑みと共に居酒屋みたいな威勢の良さでオーダーを通す。
奥にいた責任者らしき女性の笑みが硬いので、これは誤ったやり方なのだろう。
「元気がよくて好きじゃ! 大変よろしい!」
「はい! よろこんで!」
こういう時は店員さんの味方をせねばならない。せっかく元気が良いというのに、怒られたら可哀想ではないか。
出来上がったクレープは、一口目で脳味噌が砂になって耳から零れ落ちるほどの美味しさ。
レアチーズケーキがそのままぶち込まれており、温かなクレープ生地で半溶けになっているのが心地よい。
食感はむにむにしていて、これぞクレープという感じがしてまた良い。
「うむ、美味い。半年に一度は食べたい味じゃ」
フードコートの席で味わいながら、他の客たちを見てみる。
夕暮れは若者たちより大人がいて面白い。事情のありそうな大人から、疲れを癒すための休憩まで様々だ。
こういうものを日常というのだろう。
何度聞いたか分からないクリスマスソングが流れている。
クリスマスを控えたこの時期が、小夜子は好きだ。
みんな忙しくて大変そうだけど、何か楽しいことが待っていそうな雰囲気がある。年に数日しかないこの時期の街が好きだ。
クレープを食べ終えて、ショッピングモールを歩く。
せっかく来たのだし、何かして帰りたい。
何か買おうかと歩いているのだけれど、特に買いたいものが見つからない。
実用品は若松がいつの間にか良いものを買い揃えているため、補充するものはないし、調理器具に至っては面白そうなものを買うと怒られてしまう。
無駄遣いがしたい。
驚くほどいらないものが欲しい。
さ迷い歩いても欲しすぎて震えるほどのものは見つからない。
そうこうしている内、気が付けばゲームコーナーにいた。
90年代のゲームコーナーといえば、入り口にはプリクラとクレーンゲーム、薄暗い奥にはビデオゲームというのが定番だったというのに、今はビデオゲームが無い。代わりに、よく分からない大型筐体のカードゲームらしきものがある。
「一人でプリクラというのも面白くないのう」
ふと、自販機のアイスを見つけた。
コンビニには置いていない紙パッケージの丸棒タイプ。絶妙に記憶に残らないタイプのアレだ。
冬のアイスも一興ということで、チョコミントを買う。
アイスを将棋に例えれば、飛車がラムレーズン。チョコミントは角というところか。
小夜子はベンチに座ってチョコミントアイスを食べる。
記憶に残らない程度の味だ。しかし、友達と一緒に食べれば思い出には残りそう。一人で食べたら、それはそれで孤独なモノローグが残ってくれるだろう。
いかな魔人であっても、日常などこんなものである。
ゲームコーナーを冷やかしていると、不意に目が吸い寄せられた。
小学生の高学年だろうか。女の子が右手を前に出した姿勢で歩いている。
「んん?」
小夜子の目には奇妙なものが見えた。
ヒトの形をしているが、輪郭の曖昧な幽霊とも式神ともつかぬものが、女の子の手を引いている。
「……式か」
式、とは式神や蟲毒に代表される使役魔のことだ。どれも細かに違うが、広義では操作可能な生霊も式に含まれる。
ごく普通レベルの式を見るのは小夜子にとっても久方ぶりのことだ。
最近は神を始めとして日本の危機レベルばかり相手にしていたため、拝み屋や犬神博士の使う式神というものに目新しさすら覚える。
どうせ気ままなお散歩。どのようなものか見てみるのも一興か。
女の子の後を、隠形法を行使してついていく。
式は何事か女の子に囁いている。
『ついてきて、あっちにあるよ。これで可愛くなれるよ』
女の子はゆらゆらと歩いて若い女の子向けのアパレルショップへ入る。
髪留めのコーナーで立ち止まり、花模様のヘアピンを手に取った。
『かわいいね、お母さんみたいだね。かわいいね。これでお母さんみたいになれるよ』
式は女の子の耳元にそっと囁いて、その手を滑らせようとする。
曖昧だった姿が形を為す。
髪を島田に結った着物の女であった。古い時代の幽霊のようにも見えるが、袖口から覗く蒼白い肌には、無数の目玉がある。
「ほう、なかなか良い髪留めじゃの。おお、六百円! なんでも安く手に入るようになったものじゃ」
小夜子が口を出すと、女の子に張り付いていた式が振り向く。邪魔者に牙を剥こうとして、動きが止まった。
「あっ、え」
突然のことに、意識を誘導されていた女の子が正気に返る。
『邪魔をするな!』
「ほほほ、百目鬼ごときがわらわに歯向かいよるか。それ、式返しじゃ」
小夜子は式神に吐息を吹きかける。それだけで、百目鬼は吹き飛ばされる。悲鳴と共に虚空へ投げ出され、姿を消していく。
小夜子の吐息は返りの風。
調伏はせず、放った者へ返したのだ。
「あ、あの、わたし」
「おお、髪留めじゃったの。カワイイんじゃが、わらわは和柄が好きじゃな。店員のお姉さんよ、和柄の髪留めは置いておるかの?」
小夜子が呼べば、店員さんがやってくる。
明らかにこだわりの強い小夜子に、店員のお姉さんはテンションを上げた。
「はい、ありますよ。ちょっとだけですけど、扱ってます」
「それは嬉しいのう。わらわも軽いイメチェンを考えておってのう。たまには髪留めもよかろう。ほれ、一緒に見よう」
小夜子は女の子の手を引いて逃がさない。
眠たいお散歩をしていたが、何やら面白いことになった。大した力も無いとはいえ、妖怪を使役する者がいる。
「あの、わたし、ごめんなさい。あんなこと」
「よいよい。わらわと一緒に買い物じゃ。お会計を済ませたらフードコートにでも行こうぞ」
うむ、今のわらわは九十点越え! 少女向け伝奇小説の冒頭みたいじゃ。
そのように思った小夜子は上機嫌。
名も知らぬ女の子の手を引いて、無駄遣いが目的のお買い物を楽しむのであった。




