第九十二話 膨れ上がる大魔王国
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「よし、そっちの馬車から出発だ、事故に注意しろ」
竜形態の俺は、上空から元敵軍の先遣部隊に指示を出す。
ウォーチャードを取り込んだことで、俺は奴隷全ての優先的な指揮権を手に入れていた。
彼らは兵站も撤退も考えずに送り込まれ、わずか一日分の食料と水を携行しているだけだった。
この大軍の補給を大魔王国で維持することなど不可能で、速やかに元居た場所へと帰すことになったのだが時間がかかっていた。
多くの死者を出したとはいえ、まだ二十万人近い大軍なのだ。
しかも雑に扱われた馬車馬達も、死んだり疲弊が酷いものが多かった。
それでもなんとか命令系統を復活させ、それぞれの自国へと撤退を指示したのだ。
――マスター、予定通り最初の覚醒を準備完了。許可を要望します――
――分かった、今行く――
城下町で眠る味方の前衛は、オルガノンが数回に分けて覚醒させる手筈になっていた。
全員に奴隷の首輪がついており、目覚めた途端に襲いかかって来る可能性が高いので、俺がすぐにその命令を取り消す予定だった。
◇
全ての味方兵士が覚醒し、敵兵達の撤退も軌道に乗った後、俺は奴隷商人ギルドに征服された十一か国へと向かった。
事情に詳しいであろう、敵のバッファロー型改造人間ロサキをつれていく。
「分かりました、大魔王陛下の臣下となりましょう」
占領されていた王国の貴族達が、まるで死刑を待つ囚人の様な青い顔で、竜形態の恐ろしい姿をしている俺に膝をつき頭を垂れる。
奴隷商人ギルドに占領された十一か国は、王や王族こそ処刑されていたが、それ以下の貴族や行政機構は健在だった。
その全ての国で戦争の終結、及び奴隷の首輪を外すことと引き換えに、大魔王国へ吸収合併される事を認めさせた。
今後、それらの国は大魔王国の地方都市となる。
奴隷商人ギルドに操られていたとはいえ、大魔王国に侵攻してきたのだ。
従わなければ徹底的な報復を行うと脅したりもしたが、最後は誰もが快く俺の要望に応じてくれた。
あのガガギドラでさえもだ。
俺が命令権を持つ奴隷の首輪を最大限活用したので、その恐怖は彼らの心に深く刷り込まれたことだろう。
ウォーチャードの笑い声が聞こえたような気がした。
ちっ、いいんだよ俺は悪だからな。
幸い全ての国で、食料事情などの経済は良好のようだった。
ダンジョンからの魔力は素晴らしく、どの国もそれなりに豊かで、戦争を除けば差し迫った危機は存在しない。
今後発生するであろう問題などは後回しだ。
たとえば奴隷の解放による労働力不足などは、失業した兵士やゴーレムで補えるだろう。
◇
とっくに太陽が沈んだ頃、俺達は最後の一国、奴隷商人ギルドが掌握しているという国を訪れた。
威力偵察のつもりで、ロサキには俺を命がけで守るように命じてあったが、奴隷商人ギルドの本拠地には誰も居なかった。
「どういうことだ?」
「分かりません、大魔王陛下。
昨日の早朝までは無事でした。
主力は今回の戦争に投入されておりましたが、それでも防衛する戦力は残っていた筈です」
満月に近い月が照らす光景は、改造人間の複合センサーにとって、色を失ってはいるが昼間とそれほど変わらない。
立ち並ぶ巨大な工場や倉庫は破壊しつくされていた。
最初は自ら証拠隠滅しての逃亡かと思ったが、壮絶な戦闘の跡があり、あちこちに改造人間の死体が散らばっていた。
この世界の軍事力にとって改造人間は強敵な筈だ。
それをこんな状態に?
「誰がやったんだ? こんな事が出来る相手に心当たりはあるか?」
「僕が知る限りは、大魔王陛下お一人だけです」
俺には他に心当たりが有った。
宿敵の、変わり果てた真っ黒なドラゴンの姿を思い浮かべる。
だが奴だとしたら何故こんな?
暗躍など、お前には似合わないだろうが。
「それに、手がかりもなくなったな……」
俺が居た元の世界と、この世界にはどんなつながりがあるのか?
奴隷商人ギルドの正体は? 悪の秘密結社ジャッジとの関係は? ゴッドダークは?
ロサキは何も知らなかった。
ここでなにかが分かれば良かったのだが……仕方がない。
後始末をして帰ろう。
奴隷商人ギルドが消えたこの国も、快く吸収合併に応じてくれた。
大魔王国はたった一日で、二千万を大きく超える人口を持つ超大国となっていた。
◇
「このサイズでどうだろうか?」
電光石火の外交を終えて大魔王国へ戻った俺は、城下町の外で瞬間移動を利用して穴を掘る。
その大きさは、十メートル四方の立方体だ。
「良好だと評価します。
引き続き指定した地点、八十七箇所の掘削を要請します」
ドーザブレードやバケットを装備し、馬車より大きな黄色いカニ、汎用大型オートマタを多数従えたオルガノンがそう言った。
彼女の左手は失われたままだが、地下のメンテナンスカプセルに入れば再生するそうだ。
痛覚も遮断できるそうで、戦後の処理を優先してくれている。
「了解」
俺は瞬間移動を繰り返してひたすら穴を掘る。
全て掘り終えると軽いめまいがした。
う、力を使いすぎたとかだろうか?
俺はしばらく休みつつ辺りを見回す。
満月が過ぎたばかりの月光に照らされ、暗視の出来る俺には昼間の様に明るく見えた。
城下町の外側には数え切れぬ程の死体が散乱していた。
酷いものだ。
今回の戦争による死者は、少なくとも十五万人以上だと推測されている。
この世界では、それなりの大都市にも匹敵する人数だ。
ほぼ全ての死体が敵側の兵士なので、帰還した生存者から数字を割り出した。
城下町の中に、外に、おびただしい量の死体が転がっており、その処理に多大な労力を必要としていた。
重量にして一万トンを超えるだろう。
そして更にそこへ死んだ馬車馬の処理が加わる。
俺が今掘ったのは、それらを埋める為の穴だった。
幸い、戦闘用ではないオートマタが無事で、特に重機のごときカニ型汎用機達が大活躍していた。
死体の尊厳を気にする余裕は無く、完全にゴミ扱いだったがしかたがない。
夏が近い暖かな陽気なのだ、すぐに腐り始めるだろう。
すでに汚物の臭いが発生し始めている。
嫌悪感を表に出さないように気をつけて、淡々と処理していこう。
俺は手近な死体を穴に放り込んだ後、オルガノンの元へと飛行して戻った。
オルガノンの側にワルナが来ていて、死体の処理について話していた。
「進捗状況はどうだい?」
着地した俺はワルナへたずねる。
俺には外交があったので、大魔王国の総指揮は相変わらずワルナにとってもらっていた。
「皆が頑張ってくれているので予定より進んでいるな。
だが、それでも死体の数が多すぎる。
これは長期戦だ、無理して明日に響いては意味が無い。
ということで二人共、今日はもう休息をとれ」
なるほど、忙しい中わざわざ来てくれたのは、これを言う為か。
そうだな、どうも調子が落ちているようだ。
ありがたく彼女に従おう。
「ありがとう、そうさせてもらうよ。
だが、君こそ休息が必要に見えるぞワルナ」
「分かっている。私ももう休む。
オルガノン殿もだ。
貴公の奮戦がこの国を支えているのだ、改めて感謝する。
明日の為に今日は休んでくれ」
「本機の損耗は、現在の活動に影響しない範囲であると主張します」
ワルナにそう答えたオルガノンだが、その目にはいつもの様な迫力が無い。
俺は彼女に声をかける。
「いや、休んだ方がいいだろう。
疲れた目をして……あれ? もしかして悲しいのか?」
俺は、彼女の分かりにくい表情が読み取れるようになっていた。
今のオルガノンは悲しそうだ。
それはそうか。
血と肉片と泥にまみれて、死体を土砂の様に扱うオートマタを見て思う。
「ごめんな。
これは女の子がやる仕事じゃないよな」
ただオートマタが便利だからと任せてしまった。
「耐えられないなら言ってくれ。俺がなんとかしてみるから」
俺がそう言うと、オルガノンは目を見開いてこちらを見た。
これは分かりやすいな、驚いた顔だ。
そして彼女はジト目に戻り、少しだけうつむいた。
「本機は、死体の処理を負担と感じた訳ではありません。
否定し、完遂まで現作業の担当を希望します。
ただ……」
ただ?
「城下町の周囲には麦が実る風景を……」
「……そうだったな、オルガノン殿は周囲の開墾をしてくれていたのだ。
この国の将来を思ってな」
ワルナが教えてくれた。
なるほど、そういう事か。
城下町の周囲には慰霊碑でも立てる事になるだろう。
だが、そんな物より麦畑の方が良かったよな。
秋には見渡す限りの金色が、風にそよぎ波の様に……。
だがもう無理だろう。
人の血と肉を糧に育った作物を、皆に食べさせるわけにはいかない。
「ごめんなオルガノン、ありがとう」
俺がそう言うと、ジト目をしていたオルガノンの眉間にシワが増えた。
あれ? これは嬉しいのか? なんでだろう?
「それとバン、貴公は酷く臭うぞ。
休む前に風呂へ入れ、必ずだ」
「え? 俺、臭いか?」
「肯定します。
マスターは他者を不快にするレベルの悪臭を放出中です」
う、可愛い女の子二人に臭いと言われた。
そういえば長い事風呂に入ってない。
ポチルが毎日濡れたボロ布で拭いてくれてたんだが、今日は死体を担いだりもしたからな。
くんくんと自分を嗅いでみる。
……うん、臭いな。




