第六十七話 彼女が考えていた事
いつもお読み頂きありがとうございます。
*今回はフェンミィ視点となります。
私はなんて愚かで浅はかだったのだろうか。
◇
「大魔王様、これなんでしょうか?」
開かずの扉からたどり着いた、とても広い不思議な場所で私は銀色の小物を見つけて手に取った。
なぜだろう?
誰かにそうしろと言われたような気がしたのだ。
「なんだ? それは……ベルトか? どこにそんな物が?」
「ベルト……ですか?」
それを着けろと、また言われたような気がする。
なぜだろう、その声に導かれてしまう。
スチャ
「こうですかね?」
気が付くと、私はベルトらしき物を腰に巻いていた。
シャキンッ
「あれ?」
ベルトが勝手に巻き付いて、お腹が熱くなった。
「臨戦 加速!」
大魔王様が突然、戦闘形態になった。
あれ? 巻いたはずのベルトが無い。
「いくぞ」
私は慌てた大魔王様に抱っこされてしまった。
◇
「本当なのか? 頼むからもっとよく調べてくれ!」
ワルちゃんの家で、大魔王様が魔法治療師に詰め寄る。
あのベルトは私の身体に吸収されたのだそうだ。
う……そう聞かされると怖い、凄く不安だ。
「冷静になれ、バン」
「俺は冷静だ!」
でも、大魔王様がこんなに心配してくれている。
それだけで不思議と不安は消えて、むしろ嬉しいような気持ちになる。
それに、私の不注意が原因で、これ以上心配はかけたくない。
「私なら大丈夫ですよ。いつも通りです、ほらほらっ」
私がそう言うと、大魔王様は疲れたような、呆れたような顔をした。
あれ? 明るく振舞ったのは逆効果だっただろうか?
◇
大魔王様の結婚話が、シャムティア国王様の口から飛び出した。
結婚?
大魔王様が王女様と?
そんな……。
でも、よく考えれば当たり前の話かもしれない。
大魔王様は魔族の王になる人だから、そのお后には身分の高い人が相応しい。
こんな田舎者の獣人娘などでは無く。
私は当然のごとく、ずっと一緒に居られるのだと思っていたけれど、それは叶わぬ夢なのかもしれない。
いつか大魔王様は、私の手なんか届かない、遠い場所に行ってしまうのかもしれない。
う……そう考えると、胸が潰れてしまいそうに苦しい。
「フェンミィはどう思う?」
気が付くと、大魔王様に話しかけられていた。
「え? あ? なんですか?」
いけない、聞いてなかった。
今の気持ちを知られたくない。
大魔王様は優しいから、私に同情して交渉に悪い影響が出るかもしれない。
「どうした? 体調が悪いのか?」
「その、ええと、コルセットがきつくて」
この嘘で、ごまかす事が出来ただろうか?
◇
「大魔王国国王大魔王陛下~、大魔王国筆頭書記官フェンミィ閣下~、ご到着~」
私は大魔王様と並んで、お城の豪華なホールを歩く。
煌びやかな会場、豪華に着飾った身分の高い人達、ああ、私だけひどく場違いな気がする。
「あれが噂の大魔王? なんていうか、地味ね」
「おい、連れている女の耳」
「なにあれ? まさか獣人? まあ恐ろしい」
「ここをどこだと思っているの? 誰か、つまみ出しなさいよ」
みんなが私を見ている。
獣人が魔族に良く思われていない事は知っていた。
けれど、まさかこんなに嫌われていたなんて……。
間抜けな出しっぱなしの耳が恨めしい、これさえ無ければごまかす事も出来たのに。
「汚らわしい、なぜ大魔王が獣人なんかを?」
「獣臭い、人の真似事をしてドレスなど着おって」
「あんな獣を連れているとは、大魔王とやらも偽物ではないのか?」
駄目だ、こんな私の所為で大魔王様の評判が悪くなる。
大国の偉い人達の言葉なのだ、ここでの印象は大魔王様の今後に大きく影響するのだろう。
「だ、大魔王様」
帰ろう。
大魔王様には王女様が居る。
私はここに居ないほうが良い人間だ。
「わ、私なんかが側に居ると、大魔王様が恥をかきます。
私は戻りますから、王女様をエスコートしてあげてください。
大魔王様の、お后になる方なのですから」
ちゃんと笑顔が作れているだろうか?
足を引っ張ってばかりだ、せめて心配をかけないように笑って去ろう。
けれど大魔王様はそんな私を見て、辛そうな顔で一歩距離をとる。
駄目だな私、上手く笑う事すら出来なかったんだ。
情けない気持ちが私をうつむかせる。
「フェンミィ、よく見てろ」
下を向いていた私は、その言葉で顔を上げて大魔王様を見つめた。
「臨戦」
大魔王様はいきなり戦闘形態に変身する。
どうして?
凄く怒っているのが伝わって来る。
いけない、そんな事をしたら争いになりますよ、止めなきゃ。
「狼狽えるな! 見苦しいぞ!」
うっ、大きな声に思わず耳をふさぎました。少しキーンとしてます。
「余興である! 大魔王の威容、今宵はその目に焼き付けるがよい!」
大魔王様?
みんな凄く驚いてますよ? これ大丈夫なんですか?
でも、私の為に怒ってくれたんですね。
こんなに多くの偉い人、大きな国を相手にして、それでも私なんかの為に……。
ジンっと胸の奥が痺れるような感じがします。
「はっはっはっは、しかり。
ワルナ士爵の言うとおりである。
さすがは我らが友好国の王だ、頼もしいではないか」
どうやら争いにはならなかったみたいです。
会場は静まり返り、みんなが大魔王様に注目し怯えています。
もう誰も私の事なんか気にしてませんでした。
大魔王様は周りの視線などいっさい気にも留めず、頼もしい戦闘形態の姿で堂々と胸を張ってます。
なんだか他人の目に怯えていたのが、馬鹿みたいに思えてきました。
「一曲いかがです? 筆頭書記官閣下」
大魔王様が私を誘ってくれました。王女様ではなく私を。
「もうっ」
私なんかの為に無茶をするんだから。
すごく温かい気持ちがします。
もういいや、もう将来を気にするのは止めよう。
たとえ大魔王様が王女様と結婚しても、私が要らなくなる日が来ても、私の気持ちは変わらないから。
たとえ大魔王様が私に一切の関心を示さなくなっても、私はこの人を思い続けよう。
もう、それだけでいいや。
それ程のものを、私はこの人から貰っているのだから。
◇
「大魔王様、私も行かせてください」
シャムティア王都を襲う大軍と戦う事になりました。
私も大魔王様のお役に立ちたい。
「すまないフェンミィ、君はここを守って欲しい。
みんなを頼むな」
「……はい」
けれど、私の力では無理のようでした。
考えてみれば、私はずっと守られてばっかりだ。
大魔王様には沢山助けて貰ったのに、私からしてあげられる事があまりに少ない。
せいぜい雑用くらいだ。
ワルちゃんはこうして一緒に戦えるのに。
このままじゃいけない。でも、どうすればいいのだろう?
◇
リザードマンの王国から突然の奇襲を受けた。
恐ろしい程の大軍でしたが、大魔王様の凄い魔法が炸裂して私達は助かりました。
けれど、その魔法で何千もの人が死にました。
「こっちにも生存者だ、ゼロノ、頼む」
私達は、地形すら変わってしまった城下町で、生存者を求めて探索をしていました。
何もかもが瓦礫と化し、血なまぐさい死体があちこちに転がる中で、大魔王様はとても辛そうです。
自分を責めているようでした。
死んだ兵隊の多くが、自由意思を奪われた奴隷であった事も、大魔王さまの心を切り刻むのでしょう。
「……う……ううっ」
私の耳に微かなうめき声が届く。
獣化している力で大きな石を退けると、両手足が全て折れて変な方向に曲がった人獣族が居ました。
もちろん奴隷の首輪を付けており、おそらくその小さな毛皮の胴体にも重傷を負っているのでしょう。
見るも無残な光景で、これを今の大魔王様に突き付けるのは躊躇われました。
けれど、だからと言って、この瀕死の怪我人を放置する事など出来る訳がありません。
私は絶望的な気持ちで報告をします。
「大魔王様、ここにも生存者が」
「ゼロノ、頼む」
「はいはいっと」
大魔王様は歯を食いしばり、淡々と作業を続けます。
それでも、
「……畜生」
口をついてその本音が漏れ出していました。
私はなんて愚かで浅はかだったのだろうか。
考えてもみなかった。
大魔王様の進む道が、これ程までに血に塗れていたなんて。
「ゼロノ、まだかっ!」
大魔王様の声は悲鳴のようでした。
王として世界を統べる? 全ての人が苦しまず幸せに暮らせる世界?
それを作るためには、どれ程の血が流れるというのだろうか?
「畜生……まだかっ! ゼロノっ!!」
ああ……この優しい人に、私はなんという重荷を背負わせてしまったのだろう。
大魔王様にとって、私はまるで疫病神のようでした。
◇
「お願いします! お願いします! 帰りたい! 帰りたいっ!!」
人獣族にすがりつかれた大魔王様が、ぐらりと揺れて倒れそうになる。
「だ……大魔王様っ!」
「バンお兄ちゃんっ!」
慌てて支えたのだけれど、その顔からは血の気が引いて真っ青だった。
当たり前だ、私だって気分が悪くなるような話だった。
私よりずっと優しい大魔王様なら、なおさらだろう。
この人が背負う重荷は増えていくばかりだった。
◇
「私も強くなりたいです」
リザードマンの使者が帰った後、大魔王様の執務室で私は望みを口にした。
今更、止まることなど許されず、いくら嘆いても仕方がないのだ。
私に出来る事をするしかない。
ならば一緒に手を汚そう。
この人が背負う重荷を少しでも減らすために、私が血に塗れるのだ。
そして、そのためには力が要る。どうしても強くなりたい。
◇
「気をつけてな、フェンミィ」
「はい、大魔王様もお気をつけて、行ってきます」
私は大魔王城から旅立つ。
ワルちゃんは馬車を用意してくれると言ったが、断わった。
満月が過ぎたばかりなのだ、今ならシャムティア王国を一日で横断できる。
今すぐにでも強くなりたい。
こうして居る今も、あの人は苦しんでいるかもしれないのだから。
◇
こんなに走ったのは生まれて初めてだ。
さすがに疲れてヘトヘトだった。
私は夕方には、目的地へとたどり着いていた。
そこには草原が広がり、軍隊のテントが見渡す限り設営されている。
ここはシャムティア王国の南端、人族の国家と国境を接する最前線だった。




