20.浴衣を買いに行きました
お盆はお家に帰っていますが、三月くんのおかげで大変快適に過ごしています。
私の弟、顔も頭も良くて気遣いまでできるの完璧すぎない?これ以上の彼氏ができる気がしない。
元々、一花ちゃんが誘拐未遂にあうとか、一花ちゃんか勇樹くんを巡る恋愛関係にあれこれあったりとか、勇樹くんが誰かに勝負吹っ掛けられない限りは平和なのだった。
仲良くなってから誘い出して誘拐しようとする連中も割といたのに、なんで一花ちゃんは人間を信頼できるのか。謎である。
おかげさまで私が信頼できるのは両親・弟・優奈しかいない。被害被ってるの主に私と三月くんだから私たちは一花ちゃんよりお互いが大事みたいな側面もある。
そんなわけで、一花ちゃんたちを避けつつお盆休み過ごしたいなって。勇樹くんとその取り巻きの面倒さがヤバいし。
「今年は平和やねぇ……」
久しぶりに会った友人がお茶を飲みながらまったりと告げた。私を見つめる瞳が怪我がないかを注意深く探っている気がする。多分気のせいじゃない。
ここは喫茶店である。
白石朱音。一昨年にこちらに越してきた関西弁おっとり系少女である。とても可愛い。出会った時、自身の名前について「紅白で目出度い感じがするやろ?」とニコニコと言っていた。とても可愛い。
そんな彼女がいる間にもいろいろあったので、朱音は最早私が怪我してないだけで平和扱いするところある。優奈は今年何もなくて満足そうだ。
「やはりね、あの女とその取り巻きと、主人公気取りのクソ野郎がいなければ二菜は平穏に過ごせるのよ。自分が守ってあげなきゃなんて傲慢な考え方をするあの女なんてそもそも離れていた方がマシなのだわ」
「優奈さんは小鳥遊のお姉さんのこと、ほんまに嫌いやねぇ……。とはいえ、やたら不運で流れ弾に当たったり、勘違いで誘拐されかかったり、若干いじめられたりがなくなったんやったら、たしかに離れておいた方がええんかもしれへんねぇ」
困ったようにそう言う朱音。実際に今年もそれっぽいことが何回か起こり、私が今まで受けていたあれこれを一花ちゃん本人がほぼ被っていたりとか、注意されたりとかしているようだ。
「まぁ、そんなことよりそろそろ今年の浴衣選ばへん?うちはあずまくんから贈ってもろたやつ着るけど」
「例の婚約者?」
「そう〜。らぶらぶやねんよ〜」
彼女には婚約者がいる。同級生と同じ名前なのは気のせいなのかな……。
気のせいでなくても別に困りはしないんだけど。いいとこ、「そちらの婚約者さんとは親しくさせていただいております!」くらいのものである。
三人連れだって、白石家御用達のお店に行くと、年齢不詳の美女が出迎えてくれた。
「お久しぶりです、お嬢様方。今日は浴衣をお選びとお聞きしております」
「今年もよろしくお願いします」
私が頭を下げると、「こちらこそよろしくお願い致しますわ、二菜お嬢様」とニコニコと向こうも頭を下げた。
初めて連れてこられた時は小鳥遊の名前に一瞬嫌な顔をしていたので親戚連中か本家かは知らないけど何かあったのかもしれない。ところで去年も言ったと思うけどお嬢様呼びやめてほしい。
今結構小金持ちなので普通にちょっといい感じの浴衣とか見てしまう。
なんかお母さんが「あら、あちらで購入するの?お金はお母さんが用意するから好きなの買いなさい」と言ってくれたので。優奈も同じ感じだったらしい。白石家御用達のお店は有名人御用達のすごいお店なのである。
小鳥遊二菜になってから金銭感覚がちょっと狂いそうになる程度には、我が家お金あるんだけど部活の研究でしかそれ活用できてない気がする。
三人で浴衣を選んでいると、大きな音がして、何があったのかなーと顔を見合わせると、「お嬢様方、申し訳ございません」と店主のお爺さんが顔を出した。
「無粋な客人が来られて少し揉めてしまったようです。こちらは追い返しましたので、安心して引き続き商品をご覧くださいませ」
「そう、ありがとう」
それでスッとお買い物モードに戻る優奈。これがお嬢様の買い物なのかもしれない。
優奈は黒地に赤と白の椿のもの、私は紺色の生地に朝顔のものにした。
用意して自宅に送ってくれるらしい。至れり尽せりである。
お家に帰ったら、三月くんに「花火大会には俺もついて行くよ」と言われた。そういえばちょっと離れてる間に背が伸びたし顔つきも精悍になったけど、一人称まで変わっちゃったんだなぁ。
男子、三日会わざれば刮目して見よってやつだろうか。
二菜が去った後、三月は目を細めて腕を組む。
不快そうに何かを考える様子は彼を可愛い弟と見る二菜でさえ「グレた!?」と嘆きそうだ。
(何を考えている。あのクズ)
昼間に一花と一緒に家を訪れた千住勇樹。二菜をやたらと気にするそれに舌打ちすら出そうだ。
一花に告白して、再会して……そのまま愚か者同士付き合っていれば三月には全て関係のない事と割り切れた。だが、ここに来て何故か二菜にまで手を伸ばそうとしている。
(女を全て侍らさなければ気がすまないのか?悍しい。吐き気がする)
元々、三月は二菜の前で多少可愛こぶっていただけで一人称は前から「俺」だし、他の人間に気を回そうとなんて思わないし、本当は気が短い。
であるのに、千住勇樹という男は二菜を追いかけて呉服屋まで突撃したりするし、イライラが収まることがない。
二菜がそもそも美しい顔に固執する様になった原因は忌々しい幼馴染と姉である。
元々二菜が美しい顔を好んでいたのは確かだ。だが、当初はあれほどではなかった。要するにあれは防衛反応なのだ、と三月は考えている。
(小鳥遊の連中の刺客に、小鳥遊一花という天才の足をどうにか引っ張って引き摺り落としたい連中……父さんの弱点を掴みたいバカ。そして忌々しいクズ野郎含む頭空っぽ連中を含む一花姉さんと比較する輩。そういうのの皺寄せが二菜ちゃんにいったのがそもそもの原因だ)
他人を信頼できない彼女が人を評価する基準に顔を選んだのは、彼女を取り巻く環境がどう移り行っても……例えば誰が自分を騙してもそれでもその容貌だけは美しい。そういう考えがあるからだろう。
単純に「人は信用も信頼もできない。だけどその顔だけは好ましい」という思考を拗らせきった結果である。
その二菜を三月だけは責める気すら起きなかった。顔だけじゃないとかいくら言っても、中身なんて余計に信用ならないと思う彼女には響かないだろう。
小鳥遊三月という少年は原作においてもとより、ある大きな役割を持つ少年であった。その彼が役割を担うことになった理由も小鳥遊二菜という、愚かで純粋で優しい少女である。
少なくとも今の世界の「二菜」とはだいぶ性格が違うが、それでも三月という少年は姉を大事に思っている。
その役割を持つ場面が小説において、世に出るより前に二菜になった女性は死んでいるため知る由もないが、知っていれば三月を「可愛い弟」というだけでは見られなかっただろう。
「とりあえず、父さんに報告は入れておかないと」
そんな彼も、今はただの拗らせたシスコンの中学三年生である。
彼は可愛い次姉を守ることだけしか考えてなかった。




