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第162話 姉としての威厳が

「すでにベンガールが倒されているなんて……正直、まだ信じがたい気持ちはあるが……」


 シアンの目の前で、筋骨隆々のミノタウロスが吹き飛んでいく。

 かと思えば、蜘蛛の魔物アラクネが、その凶悪な毒糸を吐く前に頭を粉砕させられた。


 いずれもシアンたち大人の獣人族でも苦戦する強力な魔物だった。

 だがそれをあっさりと瞬殺してしまったのは、


「「ん!」」


 先ほど再会したばかりの双子の弟妹である。


「……うん……段々と本当だと思えてきてしまった……」


 考えてみれば、彼女たちが大いに苦戦していたアンガーアントの大群を、たった三人+一匹(後からスライムがいたことが分かった)で半数近くも殲滅してしまったのである。

 人族の少年リオンが突出していたとはいえ、双子も信じられない強さを見せていたのを、シアンは思い出す。


「すでに姉の私より強いのでは……?」


 その姉に自分たちの力を見せたいのか、双子の活躍もあって、順調にダンジョンを踏破していく。


「いや、どう考えても確実に強い……。あ、姉としての威厳が……」

「「つよい?」」

「ああ! 二人ともとっても強いぞ! それに可愛い! よ~しよしよし!」

「「……ん」」

「うへへへへへ……」


 双子の頭を撫で、まったく締まりのない顔になるシアン。

 すでに威厳もへったくれもない。


 あっという間に出入り口が見えてきた。

 しかしダンジョンを出た彼らが目にしたのは、


「ぎゃははははっ! こいつらノコノコ出てきやがったぞ!」

「「まだいた」」


 ダンジョンに入るときにもいた獣人兵たちだ。

 あのとき双子にボコボコにされたにもかかわらず、指揮官の男が笑い声を響かせている。


 だがリオンや双子に続いて、シアンたちまでダンジョンから出てきたことでその表情が一変した。


「なっ……てめぇらはまさか……っ!?」


 兵士たちが慌てて包囲していく中、指揮官の男は再び笑い出した。


「ぎゃはははっ! こいつは都合がいいぜ! まさか反政府派の連中をわざわざ連れて来てくれるとはな! お陰で探す手間が省けたぜ!」


 探す手間も何も、ダンジョン内に入ってきた獣人兵たちは悉く途中で撤退していたのだが……。

 よく見ると獣人兵たちが疲労感たっぷりの顔をしている。


 無能な指揮官がいると大変だなと、リオンは他人事ながら哀れに思った。


「見ろ、こいつを!」


 そんなことなど露知らず、彼は勝ち誇ったようにそれを紹介した。


「グルルルル……」


 現れたのは、身の丈五メートルはあろうかという、人面虎の魔物、マンティコアだった。


「ぎゃははははっ! どうだ! 驚いたか! 狂暴で使役など不可能とされているマンティコアだぜ! そいつをこの魔法の鞭を使って、手懐けてやったのさ!」


 彼が鞭を地面に打ち付けると、バチン、といい音が響いた。


「さあ、行け、マンティコア! あいつらを喰らい尽くせ! ぎゃははっ、これでオレの昇進も間違いなしだぜェッ!」

「グルアアアアアアアアアアッ!」


 雄叫びを上げて躍りかかってくるマンティコア。

 双子が前に出ようとしたが、それをシアンが抑えた。


「任せてほしい。これくらい私一人でも十分だ(……少しはお姉ちゃんもいいところを見せないと)」


 シアンは迫りくるマンティコアに正面から向かっていくと、牙を剥いて噛みついてこようとしたその人面に、強烈な踵落としを見舞った。

 ボゴッ、と骨が凹む音が響く。


「ギャアアアアアアアアアアッ!?」


 マンティコアが絶叫して暴れまくる。


「耳障りだ」

「ギャンッ!?」


 その下顎へ蹴りを叩き込んで黙らせると、逆足で即座に回し蹴りを放つ。

 それで頬を叩かれたマンティコアの巨体が吹き飛んでいった。


「な、な、な……」


 指揮官の男が絶句している。


「これでも打倒ベンガールを誓い、ダンジョンで何度も死にかけながら鍛え上げたんだ。この程度の魔物をソロで狩るなど造作もない。無論、貴様を一瞬で血祭りにあげることもな」

「ひっ……」

「(ふっ、決まった。お姉ちゃんとしてちょっとはカッコいいところを見せられたかな?)」


 と、シアンが内心で悦に入っていた、そのとき。

 このダンジョン前に設けられたキャンプ地へ、一人の猫人族が慌てた様子で走ってくる。


「ら、ラグドー様っ!」


 指揮官の男が叫ぶ。


「ぎゃはははっ! お前ら、完全に終わったな! この方は獣王様直属の家臣だ……っ! さっきの不敬発言もすぐに獣王様に伝わっちま――」

「お前は黙っておれ!」

「……へ?」


 いきなりその上官に怒鳴られて、指揮官の男は頓狂な声を漏らした。

 ラグドーは息を荒らげながらシアンの前まで駆け寄ると、その場で跪いた。


「も、申し訳ございませんでした、シアン様っ! 我が配下が、不敬な真似を……っ! どうかお許しをっ!」

「ら、ラグドー様!? これは一体……」

「黙れと言っているだろう! いつお前に話す許可を出した!?」

「は、はひっ……」


 配下を叱責しながら、ラグドーは必死に頭を下げてくる。


 どうやら獣王が倒されたことを知って、慌てて軍を止めに来たのだろう。

 あからさまな変わり身に、シアンは呆れてしまう。


 と同時に、彼女は確信した。


「……どうやら本当にベンガールは倒されたようだな」


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