961 星暦557年 黄の月 25日 新しい伝手(25)
「あら、面白そうなブレスレットね」
隣りの部屋で貴婦人たちが集まってお茶を待つ間に雑談しているのが聞こえてくる。
「でしょう?
これって従兄弟の息子が友人たちと開発してくれた魔具なんだけど、食材に身体に合わない物が含まれていると分かるの。
私って卵が少しでもついた食材を料理を口にすると物凄い湿疹が出てしまうでしょう?
それを食べる前に確認できるようにってプレゼントしてくれたよ~」
シャルロの親父さんの従姉妹だとか言う、卵に過剰反応する体質のチェルナ子爵夫人が嬉しそうに説明しているのが聞こえる。
色々話し合い、ついでに改造前の指輪型の毒探知用魔具を渡したシェイラからも突っ込みを貰って構想を練った結果、俺たちはまずは貴族層や商業ギルドのお偉いさんとかで過剰反応体質で困っている何人かにこの過敏体質安全用魔具を試してもらうことにしたのだ。
で、それなりに良い感じに役に立つことを確認して貰ったら、彼ら・彼女らの友人で同じ体質に悩む人間に街中に開く確認サービス及び販売所の話を広めて貰う。
確認サービスで貸し出しを受ける人には本人が使う事、契約期間中に返却する事、失くしたり壊したりした場合は販売価格全額を払う事を誓約してもらう。
一応男性用と女性用にデザインは多少変えてあるが、基本的にすっきりしているものの手の甲の大部分を覆い、中型魔石を嵌めこむことで動かす形になっている。
指輪と物理的につなぐことで共鳴させて起動させる必要が無くなった為、必要な魔術回路も減ったので手首側のブレスレット部分はかなり細めに出来た。
デザインに関してはアクセサリーにこだわりがあるというチェルナ子爵夫人が贔屓している細工職人に協力してもらい、しっかり魔術回路を覆う形で溶接できるが造るのが比較的簡単な形にした。
雷撃の代わりに指輪がちょっと熱を帯びると共に、見た目でも分かるように指輪に一つだけつけた小さな青いガラスが光るようにもしてある。
本当は血か魔力を登録して個人所有を確実にして勝手に使いまわしたり出来ない様にもしたかったのだが、そこまでの使用制限を仕込もうと思うとかなり魔術回路を複雑にしなくてはならないので、諦めた。
販売時の手間がかかりすぎるしね。
ただし子供用のはブレスレット部分に鍵をつけて、勝手に本人や『友人』が外せない様にしてある。
子供だって『外したら死ぬ』と説明すれば分かるだろうと思うのだが、貴族社会だと親に連れられて来たガキがお茶会やパーティで子供だけいる時に親の権力をかざして偉ぶって命令してくる事もあるらしいので、最初から自分で外せない様にするのが無難らしい。
ということで、個人的に使うことに関してはそっと料理や化粧品にさり気なく指輪をはめた指を触れさせるのに慣れたチェルナ子爵夫人が、今日はそれを友人に広めるためにお茶会を開いたのだ。
過敏体質の人だけを集めるのではちょっと露骨すぎるしある意味話が広がらないので、半数ぐらいが過敏体質持ち、4分の1は噂好きなお喋りババア、残りの4分の1は家族に過敏体質っぽい人がいるとチェルナ子爵夫人が睨んでいる女性が招かれている。
で、俺たちはちょっと様子を確認するのと、どうしても性急に今すぐ欲しいと主張した人が出てきた場合にそなえて隣室で待機だ。
「まあ!!
貴方の卵への反応が分かるってことは娘のナッツへの反応も分かるのかしら?」
声はそれ程大きくないのだが、なんか壁を隔てていてもちょっと震えが来るぐらい真剣な声が聞こえてきた。
あ~。
子供で過敏体質だったら怖いだろうなぁ。
うっかり美味しそうなお菓子だったら勝手に安全そうだと判断して食べるとか、周囲の子供が『折角親切で持ってきたのに』ってぶち腐れて食べないと怒ったり。
かと言って何かを食べ物が出る集まりを全て断るなんて言ったら、すぐに腹が減って何かおやつを食べたがる子供の場合では殆ど友人と遊べなくなるだろう。
小さな子供だったらうっかりしたらあっさり死にそうだし。
まあ、大人でも過敏反応で喉が腫れ上がって呼吸困難になったらあっさり死ぬが。
「多分そうだと思うわ。
今度甥達と提携している商会が、王都で何か所かこういう過敏体質を確認できるサービスを提供する店を開くそうなの。
そこで過敏体質があると確認できた人はこの過敏体質安全用魔具を買えるんですって」
チェルナ子爵夫人が教えた。
「私、日によって食事を食べると体調が悪くなったり悪くならなかったりするから何か合わない物があるのはほぼ確実だと思うのだけど、何が原因だか分からないのよ。
そう言う場合ってどうなるのかしら?」
別の人の声が聞こえてくる。
あ、これはチェルナ子爵夫人が仕込むって言っていた友人かな?
まあ、本人も実際にそう言う問題があるんだという話だったが。
「そう言う場合は過敏体質安全用魔具を10日ほど貸し出してくれるんですって。
実際に自分が日常的に食べる食事全てに触れて確認していけば、どれが駄目だか分かるでしょう?
魔具をちゃんと返せなかった場合は購入価格の倍額を賠償すると誓約する必要があるけど。
ちょっとまだ数を揃えられていないから、過敏体質が確認できた人へ優先的に売ることになっているから、何が駄目だか分かるまで頑張って色々と試した方がいいわよ」
結局、毒探知には使えるという話が広まって国に召し上げられたくないので、製造数に限りがあるという名目で販売制限を設けることにした。願わくはこれで毒発見に気付く人間が出て来るのが遅れると期待したい。
購入時に『毒探知に使えると話が広まると国に技術を召し上げられて製造が止まるかも知れない』とそっと打ち明けて思わぬ効果が分かった場合も何も言わない様に頼むか否かは悩ましいところなのだが・・・下手にそう言ったら、今度はお家騒動がある貴族の家なんかだったらお気に入りの息子を助けるために母親が渡して、そこからうっかり話が漏れそうなので断念した。
さて。
上手く無難に売れると良いんだが・・・。
バレる時にはバレるでしょうが、それまでに権力層に購入者を増やしておけば販売停止にはならないかな〜と期待している3人組。




