935 星暦557年 緑の月 23日 熟練の技モドキ(17)
アレク視点です
>>>サイド アレク・シェフィート
「これは非常に便利な魔具なようだが・・・便利過ぎないか、ギルド幹部で危惧している人間が居るんだ。
ちょっとそこら辺に関して、教えて貰えないだろうか」
父親と一緒に商業ギルドに呼ばれて、てっきり新しい魔具の販売もしくは貸し出し事業に関する契約の細部を詰める話だと思っていたら、どうもそれ以前の問題だったらしい。
目の前に座る副ギルド長を見ながらウィルが言っていたことを思い出した。
『あれだけ神経質になって陶器の作り方を守っていても、アスカに聞いたら成分が全部分かるなんてあいつらが知ったら頭を抱えるだろうなぁ』とのことだった。
アスカどころかこれからはこの魔具を買えば誰でも売られている製品の成分を分析できなくはない。
確かにこれは、開けてはいけない箱の蓋を開けることになるかも知れないと心配する人間が出ても不思議は無いか。
副ギルド長の妙に落ち着きのない目が微妙に気にはなるが。
「まず、これはこちらが指定した成分が魔具に載せた素材に占める割合を可視化する魔具です。
だから、小麦粉や塩などに入っている純粋な商品分が何割か分かることで、逆算すれば不純物が何割混ぜ込まれたかも判明します。
ただ、嵩を増やす為に入れた物が何かは適当にこちらであたりを付けないと分かりません。一応言いがかりではないと見せるために良く使われる砂とかをサンプルに使っていますが、陶器などの材料に関しては分かっている素材の割合の算定には使えますが知らない素材が何かを教える機能はありませんよ」
アスカに聞けば分かっていない素材も教えて貰えるが・・・それは言わぬが花だろう。
魔術学院でも土系の幻獣にそんな能力があるとは教わらなかった。
魔術院や魔術学院も気づいていないのか、それとも敢えて沈黙を保っているのか。
元々、産業秘密を盗むために加担する魔術師なぞ、多くはない。
有能な魔術師だったら違法行為に手を染めなくても十分お金は稼げるのだ。
そう考えると、知っていても面倒だから口をつぐんでいる魔術師が多いのだろうという気はする。
ウィルにしたって、絶対に口外するつもりはないだろうし。
「ふむ・・・。
だが、割合は分かるのだね?」
副ギルド長の横に座っていた貴族が口を挟む。
確かベルファウォードの男爵とか言っていたから、あそこの領主の代官あたりだろうか?
いや、確かあそこは街の統治と特産品の白磁の生産管理は分けていると聞いた。生産管理側の人間かな?
「ええ。
ですが、素材が分かっているなら試行錯誤していけば模造品の製作は難しくは無いでしょう?
基本的に素材その物の詳細を完全に機密にしているからこそ白磁の秘密は保たれているのだと思っていましたが」
行き当たりばったりに適当に配合を変えれば良いだけだったら、数年繰り返せば丁度よさげな配分に行き当たる筈だ。
それが出来ていないというのなら、素材その物が知られていないか入手出来ないのだろう。
他で採掘しているのだったら輸送問題とかもある筈から、多分あの土地で産出出来る何かなのだろうが。
「では、例えば料理などの秘伝レシピの詳細が漏れてしまうという点はどうなる?
食材だったら組み合わせは多いが根気よくやっていけば基本的に入手できる香辛料や素材の数は限られているだろう」
副ギルド長が口を挟む。
おや。
意外にもこの魔具の販売に反対している勢力が多い様だな。
ベルファウォードはまだしも、料理関連でいちゃもんを付けてくるのは想定外だ。
・・・この副ギルド長、評判の悪い輸送業者と仲がいいという噂もあったな。
今度次兄に調べさせて、そこら辺をライバル幹部に暴露させるか。
ちょっと袖の下を受け取って苦情を握りつぶす程度ならまだしも、多くの商会が悩まされる不純物の問題を解決できる新規の魔具を、不正業者が行う嵩増しに不都合だからと販売を禁止しようと動くなんぞ、商業ギルドの幹部として許される行為ではない。
「この魔具は調べるために入れた素材の10分の1単位程度で何が入っているかを示すだけなので・・・普通の料理だったら香辛料はほぼ探知できない量になりますから、隠し味を暴くのには使えないと思いますよ」
というか、隠し味なんぞ自分の舌と鼻で見つけ出すのが料理人だとドリアーナのドリアス料理長は言っていた。
彼だったら自分の秘伝レシピの材料を敢えて公表して、それを美味しくするための工夫を見つけ出してみろ!と挑戦状を叩きつけそうなぐらいだ。
奥さんにがこっと殴られてそこら辺は止められるだろうが。
取り敢えず。
想定外な問題提起は起きていない様だから、この調子なら無事に売り出せそうだな。
商業ギルドの幹部は誰もがそれなりに袖の下を受け取っていたり利権の一部を持っていたりしますが、ギルド全体の益になる事では自分の利権を諦めるのが暗黙の了解ですw




