934 星暦557年 緑の月 23日 熟練の技モドキ(16)
庭師のヴェクリーと農家の4男チャックはそれなりに相性も悪くなかったらしく、弟子入りは問題なく決まった。
シャルロの屋敷の使用人用の部屋にチャックも住むことになり、『初めての自分だけの部屋だ!!!!』と滅茶苦茶興奮していたらしい。
というか、今朝になって空滑機改に乗せに行ったらまだ興奮しまくっていた。
確かになぁ。
4男じゃあそれこそ豪商とか貴族の息子でない限り個室と縁は無かっただろう。
俺だって魔術学院の寮が初めてだった。
まあ、俺の場合は適当な隠れ場所をスラムの中にあちこち自分用に見繕って定期的に移動しながら塒にしていたから、『個室』と言えないことは無いが。
だが、いつ誰に踏み込まれて中身を荒らされるか分からない場所を『自室』と言うかは微妙なところだし、大抵の隠れ家は黴臭いか埃っぽいか両方だった。
鼠や虫と言った同居人は常に存在したし。
と言うか、そいつらが先住者だった。
一応師匠としてチャックの父親と顔合わせをした方が良いだろうということで今日はヴェクリーも一緒に来ることになり、チャックも実家から荷物の残り(大して無いだろうが)を持ってくるのと、母親や他の友人への別れを告げる(母親にすら弟子入りの話をせずにこちらに来ていたことが王都に着いてから判明した)為に同行している。
搭乗人数と荷物の事を考えてアレクは王都に残って商業ギルド側に提供する予定の成分の分析用魔具の書類関係をシェフィート商会へ提出しに行くことになっている。
俺が同行する必要も無いんじゃないかな~と思ったが、まあ何かシャルロの都合が悪くなった場合に帰りの飛行をする人員としてついて行くことになった。
「・・・大丈夫そうか?」
興奮して飛び跳ねているチャックを見ながらそっとヴェクリーに尋ねる。
時折シャルロの家で見る程度だったが、今回の研究に当たってパディン氏やパクストンと一緒にちょくちょく協力してもらっていたので多少は馴染みが出てきている。
「ガキなんざぁあんなもんですよ。
将来的には弟子か若いのを入れる必要はあるとは思っていたし、少なくとも土や虫を嫌がらないことが分かっているんだから悪くは無いでしょう」
小さく苦笑しながらヴェクリーが応じた。
なるほど。
シャルロの屋敷じゃあ大々的にどっかの庭師の子供を弟子にするって形で人を探すほどのことは無いが、適当に近所の子供とかを受け入れたりすると実は虫が嫌いとか土で汚れるのが我慢できないとか言い出す可能性はゼロではない。
そう考えると、農家の息子で庭師になりたいという子供は悪くはない候補なのだろう。
「流石にサンクタスまではそうしょっちゅう行けないが、手紙のやり取りが瞬時にできる魔具をチャックとチャックの父親に渡しておくから、何か疑問点があったらチャック経由でガンガンやり取りしてくれ。
魔具に使う魔石はシャルロが寝ている間に駄々洩れさせている魔力で充填できるから、実質使用料は無料だ」
アレクが提案して、昨日のうちに急いで一組転移箱を作ったのだ。
今回のは新しい機能はほぼ組み込まず、単に手紙が来ていたら上の明かりが点灯するだけになっている。
「良いんですか?」
ヴェクリーがちょっとぎょっとしたように尋ねる。
「俺らの手作りだから、文字通りお金はかかってないから。
チャックには質問が無くても定期的に親父さんなりお袋さんなりに連絡する様に言い聞かせてくれ。
一応シャルロの近況をそれとなくあっちの方に知らせてレディ・トレンティスに伝える役割も期待されているらしいからな」
あのレディ・トレンティスはしょっちゅう果樹園とか畑を散策して、働いている農家のおっちゃんたちとも色々話をしているっぽいからな。
普段から親と連絡を取り合う習慣があったらついでにということで気軽に細かい事でも桃に関して尋ねやすいだろうし。
別の家で、趣味の為に貰って育てている苗の育ち具合に関してそうそうしょっちゅう相談するのも微妙だろうが、子供の近況を知らせる為という名目があれば気にならないだろう。
多分。
チャックが筆まめなタイプには見えないが・・・そこはちょっとヴェクリーに尻を叩いてもらう必要があるかも知れない。
読み書きは出来るものの、字が汚いので『レディ・トレンティスも見る事があるのよ!』と書き取りの練習をする羽目になるチャック君w




