930 星暦557年 緑の月 22日 熟練の技モドキ(12)
結局、貴族の領地の土地の栄養成分や水、温度と作物の育ち具合に関する観測記録と考察は農作物学会に依頼が出され、俺たちは農作物学会に有料で分析用の魔具を貸し出すと言う話で纏まった。
依頼の報酬に関しては農作物学会の経理担当が頑張って交渉するらしい。
俺らの受け取る貸出料は普通に卸売りや小売りの商家へ混ぜ物チェック用に貸し出すのと同じ値段にするので特に難しい話はなくなり、ほぼ手を引いた。
勿論、改善点があれば要望には応じると言ってあるけど。
「思うんだけど、シャルロんちの庭に果樹を何本か植えて、ついでに菜園も作って妖精に育成を頼んだら美味しい野菜と果物を入手できると思わないか?
ついでに参考用に妖精が作物から聞き出したご機嫌な成分割合とか水遣りの具合とか温度とかを後で農作地の領主や農作物学会に売りつけても良いし」
折角役に立ちそうな魔具を開発したのだ。
三年後なり更に後まで待たずに美味しい果物や野菜を食べられる様に活用すべきだろう。
『妖精がこちらの世界で農業の作業を自らできる程大きくなるのは魔力消費が大きすぎる。
指示を出すだけで野菜や果物の実際の世話を誰かヒトがやるなら協力するのは構わないが・・・植物の我儘を聞いたからと言って収穫物が美味しくなるとは限らんぞ?』
アルフォンスが口を挟んだ。
あ〜、そう言えば妖精界と比べるとこちらは妖精には負荷が高いんだっけか。
と言うか魔素が薄い?
普通に来て会話する程度ならまだしも、木を剪定したり土を掘ったり作物を間引いたりと言った肉体的な作業は厳しいのだろう。
「作業そのものは人を雇えば良いけど・・・植物の要望を聞いちゃダメなの?」
シャルロが軽く首を傾げる。
『果樹にとっては種が大きく、春までは硬いのが良い成長だ。だが、人間にとっては種子よりも果実が大きく甘いのが好ましいのだろう?
野菜にしても、植物は虫やウサギなどに齧られにくい苦い葉が好ましいが人間は苦味を好まぬと聞くぞ?』
アルフォンスが応じる。
そっかぁ。
野菜が苦いのはごめんだな。パディン夫人が工夫して何とかしているようだが、余計な手間は少ない方が良いだろう。
種にしても、果物の中に無いぐらいの方が有難い。
まあ、果樹側にしてみれば折角頑張って実をつけて栄養を取り込んで美味しくしたのに、肝心の種が入っていないのでは子孫を残せなくて実をつける意味が無いだろうが。
それに人間だって好きな甘い物ばかり食べるんじゃ無くってバランスよく肉と野菜を食べなきゃいけないって寮母さんやパディン夫人が言ってたよな。
そう考えると本人(本木?)の希望を聞くことが必ずしも健康に良いとは限らないのか。
「ちなみに妖精に魔力で対価を払ったら、苗を翌年には実をつけるぐらい大きく育てて貰うのは可能か?」
アルフォンスに聞いてみる。
毎年ちょっとずつ肥料の割合を変えて味がどうなるか研究するのは面白そうだが、流石に実がなるまでに三年とか五年も待たされるのは嫌だ。
つうか、その頃になったら忘れてる可能性が高いし。
『問題ない』
「じゃあ、取り敢えずレディ・トレンティスのところで苗を3本ぐらい貰って大きくして貰って、1本はあっちの現地の土と同じ成分割合にして、1本は木の要求通りにやって、もう1本は適当にどちらともちょっと違う風にして育ててみないか?」
元の果樹の種類が良ければ、土を少し弄っても極端に味が悪くなりはしないだろ?
多少味や歯応えが悪い程度だったらパイにでもしちまえば分からなくなると思うし。
「そうだね。
多少種が大きくなったり硬くなる程度なら良いが、流石に苦くなるかもしれない野菜はちょっと試したくないし難しそうだから、そっちは専門家に任せよう。果樹は適度に味を楽しみつつ、使用者視点で関わっていけば何か魔具の改善点を思い付くかもしれないし」
アレクが頷く。
まあ、それっぽい事を言っているけど、あの桃は美味しかったからなぁ。
苗を貰えるか、ちょっと心配だがいざとなったら種子から育てればいい。
どうせ妖精の力を借りてズルをするのだ。
苗からでも種子からでも大して差はあるまい。
「よっし!
じゃあ空滑機改で行こうか!」
シャルロがやる気満々に立ち上がった。
「あ、先に通信機で連絡を入れておいたらどうだ?
苗を準備しておいて貰ったら時間が無駄にならないだろうし」
ついでに分析用の魔具を1台進呈すべきだろうな。
使用説明書をアレクがパクストン用に書いたのがある筈だ。
急いで写しておこう。




