903 星暦557年 萌葱の月 18日 久しぶりに遠出(24)
「この記憶を映像化する魔具は素晴らしいな。
偽証や思い違いの可能性を排除できないから裁判では使わない方が良いという話を聞いていたのだが、審議官の尋問の際に使うと誤認目当てな紛らわしい証言に騙されにくいし、他に関係者がいる場合に分かりやすい」
メイドの尋問を終え、拘置所に入れられているマキウスから事情聴取を終えたカレスターンがご機嫌にワインを飲みながらウォレン爺と話していた。
結局、高齢な貴族や豪商を狙う組織がある訳ではないが、記憶を曖昧にして人の言うことに従いやすくなる薬というのは裏社会・・・というか横領とかをするような悪人の間でそれなりに流通している事が判明した。
「うむ。
ついでにこの際だから一気にこういう悪用しやすい薬の違法輸入元や流通に携わる人間をガンガン捕まえていこう。
真偽判定の魔具ではないと知れ渡ると効果が下がるかも知れないからの」
ウォレン爺が力強く頷きながら言った。
まあなぁ。
嘘を付けないとなると色々と誤認させるような言い回しをするが、却ってその方が色々と秘密が分かるような映像が見えるから、尋問には良い。
これが嘘をついてもバレないとなったら、都合が悪い映像を思い浮かべない方に思いっきり集中できるので入手できる情報が減りそうだ。
「おばあさまに盛られたのって『毒』じゃなくて『薬』なの?
危険物なんだから持っていたら問答無用で逮捕すればよさげだけど」
シャルロがちょっと意外そうに尋ねた。
「大抵の毒というのは使い方や量次第では薬になるのじゃよ。
今回のは何か酷い目に遭って悪夢に悩まされるような被害者に一時的に投与してなんとか最初の辛い時期を乗り切るのに役に立つし、関節痛や歯痛のような慢性的な痛みを鈍らせるのに使う場合もある。
若い人間相手だったら下手な鎮痛剤よりは副作用が少ないと言うことで使いたがる医者もいたんだが・・・流石に鎮痛剤として流通させるには弊害が大きすぎるので、今では日常生活に支障が出るぐらい精神的に傷つけられた被害者への治療に使う以外は禁じられているの」
ウォレン爺がシャルロに説明した。
なるほど。
それこそこないだの人身売買組織とかに攫われた被害者とかの治療・・・というか日常生活へ戻る為の準備に使うのかな。
「この手の薬は所持も流通も資格が無ければ禁じられているし、どこから入手したか、どこへ売ったかの記録の保持も義務付けられている筈なんだが・・・あの支店長補佐程度で入手できるというのは、意外と規制に穴が多いようですね」
アレクが顔をしかめながら言った。
流通っていったら商会だもんなぁ。
しかもマキウスは別に裏ギルドの一員って訳は無く、単なる悪人ってだけだったからギルドの伝手で入手した訳ではなく、普通に悪徳商会や船乗りから流れてきたらしい。
つまりは一般流通関係の締め付けが厳しくなる可能性が高そうだ。
「麻薬だったら絶対に密輸入に協力なんぞしないような船乗りや旅行客も、治療の為の薬だと言われるとほいほいちょっとした小遣い程度の報酬で他国に行った際に買ってくる人間が後を絶たないからの。
しかも厄介なことにザルガ共和国や東大陸の国の幾つかでは合法な薬として普通に薬局に売っている」
溜め息を吐きながらウォレン爺が言った。
へぇぇ。
そこら辺は流石に詳しいな。
アファル王国で麻薬扱いの草や粉が製造元の国では合法なことはよくあるからな。
現地の人間は『非常に副作用の大きい、高く売れる薬草』として自分では絶対に使わない癖にそこそこ高値で普通に店で外国人相手に売っているって話だった。
裏社会の人間なんかは自分で使ったら危険だってことも、アファル王国への持ち込みは違法だってことも知っているから滅多なことでは手を出さないが、却って普通な経験の浅い商人や単なる旅行を楽しんでいる情報に疎い貴族、そして若い船乗りなんかがこういう違法薬物の密輸入にほいほい協力するって下町の酒場なんかの笑い話として聞いたな。
「出国時と入国時に違法薬物の情報をしっかり知らしめて、抜き打ち検査で見つかった人間を徹底的に罰して見せしめにするしかないですかね」
カレスターンがワインのお代わりを注ぎながら言った。
「うむ。
今回は前侯爵夫人なんていう高位貴族が被害に遭いそうになったんじゃ。
適当に良さげな貴族の分家でも、見せしめに潰すか・・・」
ウォレン爺が何やら腹黒い事を言っている。
これって違法薬物をうっかり持ち込んだだけじゃなくて他にも邪魔で排除対象として視野に入っていた貴族をついでに潰すつもりっぽいな。
まあ、俺の知ったこっちゃないけど。
怖いねぇ~。
現代でもタイとかに旅行に行って、適当なお土産もどきの荷物を持って帰ってくるよう頼まれて麻薬密輸で捕まるうっかりな人って居るみたいですよねぇ。
かなり執拗に空港や機内で人から物を預かってはいけませんよって言われているから『知らなかった』では済まなくなっているようですが。




