895 星暦557年 萌葱の月 16日 久しぶりに遠出(16)
「ちなみにこの寡婦支援団体ってどこが経営の資金を出しているんです?」
怪しい家令補佐の部屋を漁りに行く前に、アレクが金の流れた先の事を尋ねた。
「もともとトレンティス家が支援している団体だわね。
かなり古いからほぼ独立して運営されているけれど」
レディ・トレンティスが答える。
「だったらそちらを監査する権利は領主側にある?
下手に家令補佐の方を先に調べて警戒されて協力者に逃げられない様、まずその取引先と寡婦支援団体を調べた方が良いかも」
まあ、寡婦支援団体が直接悪事に参画しているのでない限り、あちらは事務の手伝いが一人手を貸している程度の可能性も高いが。
「いや、そちらよりもクルベルト商会の方を税務調査とでも言って踏み込んで調べた方が良い」
アレクが別の提案をした。
まあ、確かに商会の方が多額の金を持ち出しやすいだろう。
寡婦支援団体だったら金を余分に受け取っても何かを買った形にして商会の方に流している可能性が高い。
「そのクルベルト商会っていうのが変に取引量が増えたところ?
本店はどこなのかな?」
シャルロがちょっと首を傾げつつ尋ねる。
「本店が王都だろうと、領地で稼いだ利益に関しては領主に課税権があるから税務調査をする権利もある」
アレクが肩を竦めて言った。
「じゃあ、そのクルベルト商会を先に調べるか。
帰りに寡婦支援団体によって調べても良いし。
ちょっともう夕方だが、まだ一応誰かはいるかな?」
流石に営業を終えて従業員が全員帰宅した店舗に侵入するのは抜き打ちの税務調査としてもちょっと不味いだろう。
「まだ大丈夫だと思うよ~。
じゃあ、税務官の人を連れてこないとね。
家令補佐の・・・タルトンだっけ?とメイドのチャルにはちょっと眠っていてもらおう」
シャルロが提案した。
「眠って貰うって?」
レディ・トレンティスが首を傾げて尋ねる。
「まだ黒だとはっきりした訳じゃあないし、実は濡れ衣だったりしたら本人も傷つくでしょ?
だから蒼流に頼んで、タルトンとチャルにはちょっと疲れて眠くなった感じに転寝しておいて貰おう。
拘束してどっかの部屋に閉じ込めて逃げられても困るし」
シャルロがにっこりと笑いながら言う。
意外とこいつも思い切った行動をするよなぁ。
俺の悪影響って訳じゃあないよな??
◆◆◆◆
「領主の権限による抜き打ち税務調査だ!
全員机から椅子を引いて一歩分離れ、そのまま席に座っているように」
税務官の爺さんがしわがれているのによく通る声で商会に立ち入った瞬間に命じる。
一緒についてきた警備兵が各部屋の扉を開けて命令を繰り返し、従業員が従うのを確認している。
まあ、そうは言っても商品が置いてある店舗側と、事務室っぽいのが3部屋と倉庫があるだけの比較的小さな商会なんだが。
人も5人しか見当たらない。
「税務調査、ですか?
支店長はもう帰ったんですが・・・」
奥の部屋から出てきたよく見ると高級そうなジャケットを着た男がおずおずと声をかけてくる。
「どうせあいつはいたって昼寝しているだけの耄碌ジジイだろうが。
お前がいれば十分だ、マキウス」
税務官の爺さんがくいっと警備兵に合図を送ると、そいつが高級ジャケット男の横に立った。
もしかして、支店長とやらが隠れ蓑というかバレた時に捕まる生贄役だったのかな?
しかも税務官の爺さんの口ぶりではそれなりに知られているっぽいから、この町に昔からいる人物なのかな?
元々リタイアした老人に名前だけ貸してくれと頼んだか、それともそろそろ引退しようかと考えている老人の商会を買い取って支店にして形だけ支店長として残し、捕まった時の生贄役としているのか。
昼寝をしていても許容されるぐらい好かれているようだ。
人を見る目は無かったようだが。
こんな小さな支店のトップですらないマキウスとやらが着ている服は明らかに場違いな品質だ。
まあ、田舎町で場違いな品質の服を着る程度の馬鹿だから、地方で引退した老婦人から金を騙し取るのに関与してバレているんだろうけど。
おっと。
まだ此奴が不正行為をしているとは限らないんだっけ。
でも明らかに怪しいよなぁ。
さっさと裏帳簿を見つけよう。
まずは夕方になって涼しくなってきたのにだらだらと汗をかいている女性の机からかな?
地方は老人が多いw




