829 星暦557年 紫の月 27日 肩凝り対策(20)
シェフィート商会は鉱石系にはそれ程強くないらしく、アレクはさらっと本店の誰かに岩を見せて知らないと言われた後、商業ギルドに持って行ってあの岩について情報収集をした。
そうしたら、意外にもあの岩の特質は知られた物だった。
「魔力を通して光る素材はランプに良く使われるし、冷えるならば食糧の保存や運搬に利用することもあるらしいが、暖まるだけな上に柔らかくなる素材はイマイチ人気が無かったらしい」
緑熱石と呼ばれるらしきこの素材は熱を発するだけならばまだしも、柔らかくなって変形することが魔具の素材に適していないと忌避されて殆ど使われることなく今までは捨てられていたらしい。
「暖かいクッションとかに使えば良くないか?」
元々、クッションは柔らかい方がいいのだ。
寒い中の馬車の御者なんかは絶対にありがたがると思うのだが。
「発熱効果だけを狙うなら普通の発熱の魔術回路の方が効率が良いからね。
クッション効果に余分な魔力を払おうと思えるほど余裕がある人間は、寒いさなかに外で震えるような仕事はしないんだろう」
アレクが肩を竦めながら指摘した。
なるほど。
冬に隊商を動かさなければならないような商人だって、冬に馬車を動かしている際の防寒と尻の保護だけの為に魔具を買える程度成功していたら、御者を雇って自分は暖かい家の中か少なくとも馬車の中に入っているだろう。
寒い真っただ中で震えながら座る様なのは労働者でも下層ランクで、魔具なんぞ買う余裕はない事が多いのだ。
「魔力消費だけを考えると発熱の魔術回路に綿を詰めた方が効率的なのか。
座布団とか毛布とか寝袋に良いと思ったんだけどな」
このぐにゃっとした感覚もそれなりに面白い感じだし。
とは言え、考えてみたら魔力が抜けたら石ころっぽい形になってしまうのだ。
再度魔力を通した際にちゃんと座ったり上に掛けたりするのに丁度いい形になるか、微妙なのかも知れない。
マッサージ用に使うにしても、中心の動く棒の周りにこの素材をまとわりつかせて丁度いい柔らかさと熱を感じさせる形にするにはどうしたらいいのか、工夫が必要そうだ。
「魔力が抜けた時に石のような固まりになるのが問題だな。
何かと混ぜたら液体状かこちらが最初に決めた形のままで固まってくれるならそれなりに使い道がありそうだが」
アレクが手袋っぽい形の防水布で出来た袋に入れた緑熱石を指で触って確認しながら言った。
手袋っぽい形にしても、一本一本の指ごとに密封しないと緑熱石が偏るんだよなぁ。
細かく密封して小さく区切った袋に入れる形にすれば何とかなるが、そこまでする為には細かく縫いながら規定量の緑熱石を砕いて入れる必要があるので、かなり製造に時間と金が掛かりそうだ。
「現時点では魔力を込めるとほとんどの素材から分離しちゃうけど、分離しないで混ざったままで固形化する時の形をもう少し使い勝手出来る素材が何か無いか、色々と実験してみよう。
それにちょっとした冬用の座布団には大きな袋に詰めるだけでも良いよね」
座布団サイズの袋に入れた緑熱石を抱きしめながらシャルロが言った。
確かに適度な量の魔力が通って暖かくかつ柔らかくなっている緑熱石のクッションは中々良い感じなんだよなぁ。
「先に、筒を集めた形の大雑把なクッションにこれを一個ずつ詰めて適量な魔力を通すクッションを作ってみようぜ。
座っていて気持ちいいし、丁度いい魔力量を規定する魔術回路を作る練習になるし、それこそ俺たちの体重で破れるようだったら布の強度が足りないってことが分かるし」
シェイラ用にお土産にしても良いし。
でも、シェイラに渡すなら、座布団よりも腹巻きかジャケットみたいのが良いか?
まあ、座布団でそれなりに上手く行ったら腹巻き用を作るか。
でも、考えてみたら魔術回路に綿を詰めた腹巻きならまだしも、魔術回路に石をゴロゴロ詰めた腹巻きってかなり重くなるし嵩張るよな。
考えてみたら、重さもちょっと問題か?
魔力が抜けると丸みを帯びているとは言え、固い石ころになるのも布団系や座布団としてちょっと致命的かも?
ジェル状のままに出来る方法が見つかれば良いんですけどね。




