820 星暦557年 紫の月 17日 肩凝り対策(11)
昨日と一昨日とでシェフィート商会の肩凝りに悩まされる人間の肩や首周りを押して回って特に気持ちが良い箇所の印をつけてみた。
それなりに好まれる共通ポイントはあるものの個人差はあり、かなりぴったり合わないとそれ程効果が無い事を考えると各人の体格差も相まって、残念ながら魔具で都合よく叩くのは無理と言う結論になった。
とは言え、家族同士や恋人同士で解しあう時の参考にはなるということでシェフィート商会で解しに良いポイントを記したシャツを売ると言ってアレクの母親が情報を買い取ってくれたが。
一応1日半ぐらいの作業代だと思ったら悪くはなかったかも?
と言うことで、今度は何とか魔術回路で刺激を体に与えることで凝りを解せないかと試すことになった。
「刺激って言ったらやはり緩い痛みだよな?」
冷たい感触や撫でた感触を与えられる魔術回路も悪戯用に魔術学院で年上の学生から代々伝わってきているが、ただでさえ凝っている肩に冷たさを伝えても余計筋肉が収縮して凝りが酷くなるだけだろう。
「そう言えば、拘束用の動けなくなる麻痺結界みたいのってどうかな?」
シャルロが軽く首を傾げて聞いてきた。
長時間使うと危険な事もあるという事で今では麻痺効果のある拘束結界はほぼ使われないが、体の動きを止める魔術回路はかなり昔に発明されている。
痛みを与えるよりも良いだろうとか、縛り付けた後に放置してうっかり長時間血流を止めて取り返しのつかないことになるよりもマシだろうとか云うことで昔は広く使われていたらしいが、拘束時間中ずっと魔力消費が生じる上に、なんでもどっかの高位貴族の息子を拘束していたらいつの間にか死んでいたという事件があったらしく、最近は廃れている。
まあ、高位貴族だからなぁ。
どっかの誰かから恨みを買っていて、動けない間にさり気なく誰かに鼻と口の穴を塞がれたんじゃないかと俺は思うけどね。
あの結界は麻痺させる範囲をしっかり選べる筈なので手足だけを動けない様にすればうっかり窒息することも無い筈なのだが、首まで麻痺させて顔の上に濡れたタオルでも置かれたらどこにも痕をつけずに窒息死だ。
ちゃんとした暗殺ギルドの人間を雇うには金と伝手が必要だが、何かの理由で一時的にでも逮捕された貴族なら普段から使っている拘束結界を使う際にちょっと適用範囲を狂わせるように袖の下を払うぐらいなら足も付きにくいし、簡単だ。
後はこっそり忍び込んで数分足らずで終わる。
それはさておき。
麻痺効果って凝りに効くのだろうか?
「色々悩み事が多すぎて無意識に体に緊張させている人間なんかには効くかもだが、単に普通の仕事をやりすぎな人間に効果があるんかね?」
「それを言うなら痛みだってあまり肩凝りに効果があるとも思えないよ?」
シャルロが指摘する。
「ある程度の刺激って血の巡りを良くするという話があるが、痛みがあると身体を緊張させてしまうから痛みを感じさせない麻痺と痛みの刺激を一緒に体に流したらどうなるか、実験してみたらどうだろう?」
黙って俺とシャルロの議論を聞いていたアレクが突然提案した。
おいおいどうした。
突拍子もない提案と実験好きはシャルロの担当だと思ったのに、急になんかヤバ気な実験を提案するなんてアレクらしくないぞ??
「・・・麻痺は危険だから、ちょっと感覚を鈍くするぐらいの弱い効果に、ちょっと強めの痛みの刺激を合わせて流してみるか?
麻痺ってそれなりに危険だから使うなら魔術回路に手を加えて、誰かが俺たちの魔具を改造して悪事に使えない様にした方がいいぞ」
一応、拘束用の魔術回路なんかを魔具に使う場合は悪事に利用しないと誓約する必要がある。
だが幾ら俺たちが悪事に使うつもりが無くても、誰かがそれを買った後に更に改造したら困る。
こちらに責任は問われないとは思うが、悪評が立つのは面倒だ。
「まずは本当に刺激で血流が多くなるのかの確認だね。
なんだったらそれが駄目だったら麻痺させて痛みを感じない様にしてぐりぐり棒で抉るっていうのも有りじゃない?」
シャルロが笑いながら提案した。
「流石に魔具を使った後に痣だらけになったりしたら不味いだろ。
しかも痣って後から触っても痛くなるから、幾ら凝りが取れても苦情が来るぞ」
多分。
考えてみたら痛みの刺激を魔具で流しても痣みたいに後で痛みが残ったりしないのかね?
まあ、色々実験してみれば良いか。
麻痺の魔具があったら歯医者での治療に良さそう?
痛いところもガリガリ削られたら困るかな?




