599 星暦555年 黄の月 27日 虫除け(19)
虫除け・殺虫用魔具のテストも特に問題なく終わり、シェフィート商会に権利を売り渡してひと段落ついたお祝いにスペシャルなケーキとお茶を楽しむことになった。
明日から来月までは取り敢えず休みという事で、俺はシェイラに会いに行く予定だし、アレクはシェフィート商会に詰め(休めばいいのに)、シャルロはケレナと空滑機で遠出に行く予定だ。
「いやぁ、乳牛を飼っている農家にあれほど虫除けが売れるとは思わなかったね」
無料で虫除け・殺虫用魔具の試作品(完成品と全く同じ仕様だが)を提供する代わりに貰ったドリアーナのホールケーキを切り分けながらシャルロが言った。
「あら、乳牛はストレスが溜まると乳の出が悪くなるのはよく知られていることでしょ?
だから騎士団の演習がある時なんかは態々離れた区画まで移動させておくんだから。
以前も手伝ってもらったじゃない」
アレクからお茶を受け取りながらケレナがシャルロに答える。
貴族なんぞ皆同じような生態だと思っていたのだが、実はシャルロの実家のオレファーニ領は小麦などの農作物の生産が多めで、ケレナの実家のラズバリー領は牧畜が多めらしい。
どちらもそれなりに大きな領都があって工業もある程度は発達しているが、農業が主産業だと以前言っていたので同じ仲間で仲がいいのかと思っていたが、農業系貴族でも更に違いがあるらしい。
流石に小麦の収穫や作付けに貴族が手伝うことは無いが、ラズベリー家が直々にやっている品種改良中の牛の世話なんかはケレナや遊びに行ったシャルロが子供の頃から時折手伝っていたらしい。
スゲ~。
牛の糞を掃除したりする貴族かよ??
まあ、流石にそこまではしないのかな?
というか、牛の世話なんていうと糞の掃除程度しか思い浮かばないが・・・他にも何かあるのだろうか?
まあ、それはともかく。
完成した虫除け・殺虫用魔具をシャルロがケレナに渡したら、早速もっと寄越せと言われて渡したところ、実家に持って帰って鷹の小屋とか牛舎などで設置しまくったらしい。
鷹の方はまだ特に目に見える結果は見ていないらしいが、牛の方は数日で乳の出が良くなったと大量注文がシェフィート商会に入ったと後から聞いた。
初期に蠅などに対する虫除け効果のテストに付き合ってくれた農家にこの件を伝えてサンプル品を一つ渡しておいたら、そちらからも複数の注文が入ったとの事だ。
ちなみに普通の作物を育てる農地の方は、個別で買い取るのではなく村として幾つかを1年契約でシェフィート商会が貸し出すことになった。
効果があったらこの貸し出された魔具を買い取っても良いし、そのまま貸出契約を続けても良いしということで、そこら辺はこれから様子見といったところだ。
シェフィート商会としてはそれなりに売り上げを見込んでいるのか、俺たちに入ってきた一時金は悪くなかった。
「うう~ん、美味しい!!!
やっぱりこのふわっとした甘さと舌溶けはドリアーナよねぇ」
ケーキをシャルロから受け取って早速口に付けたケレナが見悶えながら喜ぶ。
俺も一口。
確かに美味しい。
幸い、虫除け・殺虫というのはそれなりに食事処にも需要があるらしくて『何度か試作品を試す』という口実であそこの賄いを食べることが出来たが、やはり客用のデザートは世界が違う。
賄いのデザートも十分美味しいんだけどね。
だけどやはり客用のは手間が違う気がする。
客用の手間が掛かるやつの試作品は午後や夜に客が引けた後にじっくり腰を落ち着けて作るらしく、昼食の賄い狙いで行く俺たちのタイミングには合わないのだ。
午後に試作品を作った場合は夕食ラッシュ前の賄いにオマケで付くらしいが、流石に忙しい夕食時間帯間際に魔具の話をしに行くのは嫌がられる。
低い確率で作っているかも知れないデザートの試作品を狙って賄いを諦めて午後半ばに行くか、確実に食べられる賄いを狙って昼前に行くか、中々難しい選択肢で・・・まだまだ食欲の旺盛な俺たちは、確実に食べられる賄いをいつも選んでしまう。
またそのうち、あそこで食事を食べたいところだ。
ちみちみと今までに提供した台所用魔具の改造の希望を聞きに行ったり、新しく開発している魔具の試作品を提供しに行ったりして賄いを貰いつつ、それなりに店の人間とも仲良くなってきたのでそのうちあそこで予約を取れるようになるとも思いたい。
シェイラが王都に来る時なんかに、時間を作ってあそこで食事というのも良さそうだし。
それまではシャルロお気に入りのフェイタールや新しくできた生菓子の店で美味しそうな甘い物をお土産に持って行くとしよう。
虫除け・殺虫用魔具の開発は完了〜。
ちょっと夏のピークを外しましたが、来年の売り出しに向けてじっくり在庫を積み上げられる機会という事でw




