588 星暦555年 黄の月 1日 虫除け(8)
「携帯用の虫除け魔具に需要がありそうだ。
蚊と蠅、出来れば蜂や虻も排除できればいいんじゃないかな」
外ではあまりゴキブリや百足は見かけないからな。
休息日にシェイラと会って彼女の希望した虫除け魔具の簡易版を取り敢えず渡してきた俺は、翌日皆と集まった際に新しく発見した需要について報告した。
シャルロが欲しかったのは家用の設置型虫除け魔具だが、取り敢えずは蒼流に百足の排除も頼んでいたから急がないだろう。
そう考えると、先に手軽そうな携帯型を開発して売り出すのも手だ。
携帯型で虫除け魔具が効果的だと分かって貰えたら、設置型も手に取って貰える可能性が高くなる。
「・・・なるほど。
確かに外で作業している際にうっかり刺される可能性を減らせるとしたら需要はありそうだな。
防寒用結界の魔具に手を加えて虫除けのオプション付きのを売り出すというのもありかも知れない」
お茶の準備をしていたアレクが手を止めて考え込んだ。
「馬で遠出する際にも虫除けがあると便利だし、休んでいる最中に馬が蠅に集られないように出来たら喜ばれるかも」
シャルロが手を挙げて、付け加える。
馬ねぇ。
「人間用だったら半径1メタぐらいで良いと思うんだが、馬だともう少し大きくしないと肝心の頭か尻が範囲外になるんじゃないか?」
馬のどこら辺に集中的に蠅が集るのか知らないが、頭の周りにブンブン飛ばれたらウザいだろうし、尻尾で尻近辺の蠅を払っているのをよく見るからやはり臀部近辺に良く蠅が集るのではないだろうか?
そう考えると、大柄な馬の場合は携帯型の虫除け魔具をどこに掛けるかで1メタではちゃんと蝿を払えない気がする。
「あ~。
確かにポニーや仔馬ならまだしも、おとなになった馬だと半径1メタじゃあ足りないねぇ」
あっさりシャルロが合意した。
流石侯爵家子息。
馬のサイズをちゃんと知っているらしい。
まあ、俺だって魔術学院時代に練習で乗ったし、その後も時折馬と縁があったから大体のサイズは分かっているけどな。
ただ『大きい』という印象が強すぎて、イマイチ直径2メタでカバーし切れるかどうか自信が無かっただけだ。
「・・・馬用として特に大きいのを売り出すか、『馬にも使えます』という事で人間用のを半径2メタの大きいバージョンを造るか。
半径2メタあればちょっとしたピクニックなんかで他の人間も有効範囲内に入れられるから、スイッチでサイズ調整できるようにするのが良いかも知れんな」
お茶を注ぎながらアレクが提案する。
「半径1メタだったら立って作業している際に地面にほぼ掛からないが、2メタにすると確実にかなりの部分が地面下まで展開されることになって、魔力消費量が跳ね上がるんじゃないか?」
高さを察知して球形と半球形に自動で変化するような仕組みは流石に複雑すぎて無理だと思うが、かと言って使用者がスイッチで変更させる仕組みにすると忘れる人間が大量に出そうだ。
そうなると『虫除け結界の魔具は魔力消費量が多い』という認識になって設置型の販売の障害にすらなりかねない。
「なんで虫除け結界が地下まで含めて球形で展開するとああも魔力消費量が増えるのか、しっかり調べて解決策を開発する必要がありそうだねぇ」
お茶の注がれたカップをアレクから受け取りながら、シャルロがあっさり言った。
「・・・やっぱそうなるか。
設置型だったらあまり関係ないから、単なる興味の範囲だったんだが」
『興味があるから調べる』と『解決しないと問題だから調べる』では大分切実さが違う。
原因が分からず、いい加減面倒になってきたからと言って途中で投げられないのはちょっと微妙だ。
「まあ、しょうがない。
頑張ろう。
あ、でも先にちょっと人間用の携帯型虫除け魔具を幾つか造って知り合いに渡そうよ?
ケレナも鷹の面倒を見る際に蚊に刺されて辛いって言っていたし、きっと庭師のおじいさんも喜ぶと思うんだよね」
「庭師だったら屈んで作業することも多いだろうから、地面に近い所で展開し続けたらどのくらい魔力消費量が増えるか確認するのにも丁度良さそうだな」
考えてみたら、シェイラだって屈んで作業をすることが多いから魔力消費量は高そうか?
立って作業することが多そうなケレナと比較すると丁度いいかも知れない。
在庫管理の事を考えると『立ち作業が多い人用』と『しゃがんでの作業が多い人用』と分けて売りに出すのは難しいだろう。
そうなると、地面に結界が掛かると魔力消費量が増える問題をなんとか解決する必要があるのだが・・・難しそうだ。
原因解明だけだったら興味本位でやれたのだが、原因が分かっても解決できない事も多いんだよなぁ・・・。
何事も、問題の原因が分かれば解決できるとは限りませんからねぇ。




