565 星暦555年 翠の月 4日 人探し
『シャルロ様、ゼナの娘が行方不明らしいのですが、人探しが出来る魔術みたいなものはありませんか??』
ゼナの家に向かったデルブ夫人と別れて帰宅した俺達に、通信機で彼女から連絡があった。
「え、行方不明って??」
慌ててシャルロが通信機に聞き返している。
『昨日の夕方、仕事の後に児童養護所に預けていたシャナとゼリアを迎えに行ったらゼリアしかいなかったらしいです。
慌てて養護所の職員や近所の人たちと探しているのですが全くどこにも見当たらないらしくて。
夜通しかけて探していたのでドリアーナに連絡するのも忘れていたんですって』
デルブ夫人の声が聞こえてくる。
母親が働いている間、神殿で教わるにはまだ早い幼い子供は村や小さな町では親戚や近所の老人に預けられている事が多いのだが、必ずしもそういった面倒を見てくれる人間が傍に居るとは限らない王都だと児童養護所にお金を払って預けることが多い。
ゼナにそんな幼い子供がいたとは意外だったが。30代半ばぐらいの年代に見えていたから、子供がいるとしたらもう神殿に通っている年だろうと思っていた。
というか、家族がいるかなんて特に考えていなかったというのが正直なところだけど。
そこそこ若くしてドリアーナのような一流食事処で副料理長になるほどの腕を磨いたのだ。
忙しくて子供を作る暇がなかったのかもしれないな。
しっかし。
それこそそれなりな収入があったのだろうから下町の危ない地域に住んでいた訳ではないだろうし、児童養護所もしっかりと信用が出来るところに預けていただろうに行方不明になったとは。
食事処もドリアーナのような一流なレベルになると何か不穏な連中から狙われるようなことがあるのか?
幾ら一流どころと言っても食事処の副料理長程度の子供だったら身代金目当てとも思えないし。
それとも、誰かドリアーナに来る客を暗殺しろとでも脅すつもりだったのかね?
これだけ大騒ぎになったらそれも無理だろう。
それだったら攫ったらさっさとゼナに『騒いだらガキを殺す』とでも脅しをかけておかないと意味がない。
ドリアスに誘拐のことが知られてしまったら、それこそ『子供が見つかるまで休んで良い』とでも言われてしまってゼナに暗殺の手伝いなんてさせられなくなるだろう。
「会ったこともない人間をぱぱっと探せるような都合のいい術は無いけど、何か手伝えることが有るかもしれないからすぐそちらに行くね」
シャルロが通信機に声をかけていた。
そうなんだよなぁ。
誘拐されるかもしれない人間が分かっているんだったら、前もって清早なり蒼流なりに血を一滴渡しておけばそれを使って直ぐに相手を見つけられるらしいのだが、攫われた後では水精霊の力で探すのは無理だ。
まあ、襲われたか何かで血痕が残っていたらそれを使って探せるかもしれないが・・・血痕が見つかったと言っていないから多分それもないのだろう。
子供を探している人間が気が付かないほど少量の血痕の可能性もあるから、一応児童養護所の周りは念入りに確認するが。
つうか、児童養護所に預けるぐらい小さな子供では、血痕があるほどの怪我を負わされていたとしたらそれはそれで心配だ。
取り敢えずは現場に行ってみるしかないな・・・。
◆◆◆◆
デルブ夫人は商業ギルド本部の通信機を使ってウチに連絡してきたらしく、俺たちは商業ギルドで落ち合うことになった。
元々、その児童養護所そのものもそこそこ商業ギルドから近いところにあるらしいし。
しっかし。
商業ギルドの本部なんて王都のど真ん中だぜ??
ドリアーナからの帰り道に迎えに行きやすいからということで使っていたらしいが、ますますそんな地域から子供が攫われるなんて意外だ。
単に子供を攫って売り払おうなんていう連中だったら、絶対にそんな地域でガキを攫ったりはしない。
下町に行けば養護所に預けるだけの金がない親の子供がいくらでも道端で遊んでいるのだ。
どう考えてもそういう意味での犯罪に巻き込まれたとは思えない。
「ゼナって誰かに目をつけられるような地位の人と関係があるのか?」
商業ギルドに向かう馬車の中で、アレクがシャルロに尋ねた。
ここ数日の契約書の詳細を固める手続きの流れではアレクがゼナと一番やり取りがあったが、ゼナと個人的に親しいのはデルブ夫人であり、デルブ夫人と親しいのはシャルロだから何か聞いているかと思ったのだろう。
「特にそんなことは聞いていないけど・・・。
児童養護所で話を聞いた後、一度ドリアーナに行ってゼナのことについて話を聞いてみると良いかもね」
シャルロが肩を竦めながら答えた。
ゼナを標的として子供を攫ったのだとしたら、子供を二人預けていたのに一人だけ連れ去ったのは、どうしてなんだろう?
一人いれば十分だと思ったのか、それとも攫われたほうの子供だけにしか手を出す機会がなかったのか。
どんな状況で攫われたのか話を聞かない事にはイマイチ何が起きているのか想像もつかないな。
目撃者がいるならば記憶を再現して読み取る術を使えば更に情報が得られるだろうが、目撃者がいたならもっと早くに大騒ぎになっていただろう。
もしかしたら何を見たのか分かっていない幼児がいるかもしれないが。
しっかし。
以前の禁呪の時のように攫った馬車に特殊な魔力がしみ込んでいるというのならまだしも、普通の馬車だったら商業ギルドの近辺なんていう人通りの多そうな場所で攫われていたのだったらその痕跡を追いかけるのもほぼ不可能だろうなぁ。
何とかなるのだろうか・・・。
ちなみに、ドリアスは40代後半、ゼナは30代前半、デルブ夫人は40代前半ぐらい。
この世界では普通は10代後半で結婚するのでゼナの年齢だったら子供はもっと大きくなっています。
まあ、5人目とかだったら30代で産んでいてもおかしくないんですけどねw
ゼナは仕事に励み過ぎて婚期を逃していたところ、思いがけない出会いがあって遅いめに結婚・出産していました。




