1356 星暦559年 藤の月 13日 調査協力(9)
昼食後に商会の本店の方に案内されて中に入って進んだら、店舗側の金庫とか書類棚は既に解錠されて中身が消えていた。
奥に入った事務所側の棚も同じく。
各人の机の引き出しも調べられたようで、変な二重底とか紙が貼られている様子も残っていなかった。
ちゃんとこっちはそれなりにプロが調べたようだな。
そういえば、軍だっけが心眼の使い方が得意な魔術師を優先的に勧誘して雇っているって聞いた気がする。
だとしたら、俺が来る必要もなかったんじゃないかね?
それこそ金庫を開くのは普通の心眼が得意な魔術師が学ぶ技術ではないが、そっちはそっちで別に担当員が居るだろうし。
そう思いながら左右の部屋を確認しつつ廊下を歩いていたら、奥の倉庫っぽい部屋の下の地下室らしきところの入り口に辿り着いた。
こっちも見つかったようだな。
階段を下りていくが、奥の金庫が開いていたし、引き出しの裏も全部確認されているようだ。
左側の壁には扉があり、ここから隣家へ行く地下廊下が続いているな。
で。
その地下廊下に首を突っ込んでみたら、角を曲がる先ぐらいの、ちょっと影になっている所の壁に少しでっぱりが幾つかあった。
天井を見上げたら、よくよく観察すると一部は板に漆喰を塗った、先ほどの隣家の隠し棚の扉に近い感じに隠蔽されている。
「ここって上に行けるみたいだが、出た先の確認はしてあるのか?」
横に歩いていた補佐官に声を掛ける。
梯子とかがある訳ではないので、それなりに身軽じゃないとここを登れるかどうかは微妙なところだが。
それこそ組織のトップのジジイとか中年太りな管理職とかじゃあ難しいだろうな。
「え??」
補佐官が『何を言っているんだ?』という顔をしていたので、俺が突起に足を当てて壁を登り、上に辿り着いて天井を押してみせた。
ガコっという音とともに、天井が持ち上がる。
「ゲホッ」
もうもうと埃が落ちてきた。明らかにそこそこ長い間、使われていない。
壁や床はまだしも、天井って意外と視ないからなぁ。
隣家に繋がっていると分かっていたから心眼が得意な魔術師(来ているなら)もここの天井まで探さなかったのだろう。
上に首を突っ込んでみると、しゃがんで進めなくはないぐらいな空間が上に開いていて、隣家とは違う方向に進んでいた。
なんかこう、つい最近までしょぼかった筈の組織にしては随分と脱出用の手段に念を入れているなぁ。
まあ、この埃の溜まり具合だと長年誰も使っていなかったっぽいが。
心眼でこの空間が続いていく先を確認して、下へ飛び降りる。
「繋がっていた隣家の斜め後ろの屋敷との間にある植栽の下あたりに出口があるようだな。
そこから裏道に出られるようだが、かなり埃がたまっているから十数年から何十年単位で誰も通っていないと思う。
そちら側の入り口を開いて、風を通して埃を吹き飛ばしてから中を確認すると良いんじゃないか?」
少なくとも俺はここの中に入って服を埃だらけにするつもりはない。既にそれなりに被っているけど。
出口近辺にちょっと金と武器が入った箱が置いてあるっぽいが、非常用の逃げるための備えって程度で、下手をしたら今の商会の人間はこの抜け道があること自体知らないかも?
飛び降りてきた俺がどいたら、補佐官がそこそこ苦労しながら突起を伝って壁を登り、首を突っ込んでから忙しなく咳き込みながら飛び降りてきた。
うっかり埃をがっつり吸い込んだようだ。
暗くてほぼ何も見えなかったと思うんだけどね。
考えてみたら、一人でここを登って通ろうと思ったら手探りで進むことになるかな?
片手にランプを持ってこの壁を登るのは難しいだろう。
魔術師だったら明かりはどうとでもなるし、浮遊で天井まで辿り着けるが。
「ゴホ、ゴホ。
そっちの方向の屋敷との間の植栽の下に石畳か何か、持ち上げて開けられる場所がないか調べさせてそちらから灯りを持って調べさせろ」
補佐官が後ろにいた人間に命じる。
さっきから次から次へと補佐官が別の人間に色々調べることとかを命じているが、命じられる下っ端はどこから出てきているんだろう?
まあ、一々補佐官が走って行ってそれを俺が待つ羽目にならないのは嬉しいが、一体どれだけの人間がこの捜査に投入されているのか、ちょっと気になる。
緊急出口があるのを忘れていて死んだ人間も居そう……




