1355 星暦559年 藤の月 13日 調査協力(8)
隣家の寝室やその他の部屋をざっと調べ、おざなりな感じにあった隠し場所を幾つか指摘したところで昼食の時間になったので下に降りたら、どこからかダイニングルームへ食事が運ばれてきて、そこで昼食になった。
どうやら秘密漏洩の危険を避けるために、捜査中はそこら辺の食事処で昼食を取るのはダメらしい。
まあそこそこ美味しいし、まだほんのり暖かいから良いけど。
一体どこから持ってきたんだろう?
そんなことを考えていたら、俺の隣の椅子が引かれ、ウォレン爺がドカッと座ってきた。
「色々と見つけてくれてありがとうな。
年初の忙しい時期に捜査を強行したせいで、隣の屋敷の捜査なんて突発的な案件用の人材があまり良いのを集められなくての」
色々と穴があった隣家の取り調べに関する言い訳をしに来たらしい。
まあ、単にお礼を言いたかっただけの可能性もあるが。
「年初の忙しい時期にそんなに急いで捜査しなきゃいけないほど、ヤバいことをやっている商家なの……ですか?」
今回は雇われているんだから対等な言葉遣いでもいいかと思ったが、向かいに座っている軍人っぽいのが俺をじろっと見たので丁寧な言葉遣いに修正する。
変に目を付けられても困るし、ウォレン爺に気軽に話せる身分だと誤解されても面倒だ。
「いや、折角ここ数年で色々と麻薬や怪しい薬を扱っている組織を摘発できたからな。
徹底的に王都の麻薬流通を潰して中毒者から薬が抜けるか排除できるかにしたいと願っての摘発じゃの。
麻薬に嵌ると本人の元々の政治的志向や信念に関係なく、色々とやらかす可能性があるからの。
折角平和な今のうちに、そこら辺を潰しておきたいんじゃろ」
ウォレン爺が言った。ちょっと人ごとっぽい言い方だから、爺の直轄の話ではないのかな?
まあ、確かに国を裏切るような人間じゃないと思われていた人格者でも、麻薬に嵌ったらこっそり裏で何をやるか分かったもんじゃないからな。麻薬流通組織を潰すのに軍が協力するのも分かる。
と言うか、人格者だったら麻薬に嵌らないと思いたいところだが。
ただまあ、完璧主義者的に良心的できっちりした人間だと周囲の分まで頑張りすぎて疲れるから、そこで『疲れが取れて思考がクリアになる』なんて勧められたお茶とか飴なんかに嵌って、抜け出せなくなってから実はそれが麻薬だったなんてこともあるらしいからなぁ。
普通に他国や商会や違法組織から賄賂を受け取っている場合はそれで無駄遣いをしたら収支が合わないってことで調べる連中の目につきやすいのだが、麻薬に嵌って物々交換的に情報や何らかの融通と麻薬とでやりとりをしていたら、外部からは発見しにくくなる。
そうなると、麻薬の使用者よりも販売者側から潰すのが一番なのだろう。
とは言え。
国の情報とかを売らせようと嵌めるようなのは普通の麻薬流通組織ではなく、他国の情報機関とかな気がするから、ここを摘発しても関係ないんじゃないかとも思えるが。
それとも他国の情報機関だとしても、国に持ち込むのは難しくて麻薬は現地調達して嵌めた相手に渡しているのかね?
「ちなみに、本店の方も俺が調べる手伝いをする必要があるんだよな?」
ちゃんとプロが調べているなら俺が関与しなくても良いんじゃね?という気もするが。
「ああ、勿論だ。
時間をかけて虱潰しに探せば国税局と軍の人間でも見つけられるが、そんな時間も人員もないからの」
爺さんに言われた。
「そういえば、ここのワインセラーにあった隠し棚からは何が出て来たんだ?」
ただの裏帳簿にしては量が多いと思ったが。
「麻薬販売先の顧客情報じゃの。
あれは中々有難い。
麻薬を買うだけでは大した罰則にはならんが、大抵の場合は中毒になったら麻薬を買い続けるために手を出してはいけない金や情報の横流しを始めるからの。
しっかりそこら辺を調べて締め上げれば色々と面白いことになるじゃろう」
ウォレン爺がにやりと笑いながら言った。
顧客情報かぁ。
適当にスラムの裏道で売るような商売じゃなかったのか。
まあ、卸売り業者的に買った麻薬を混ぜ物を入れて薄めた上でスラムの裏道や怪しげな酒場で売るような連中も『顧客』の一部として載っているんだろうが。
顧客情報がここにあったということは、仕入れ情報は本店側にあるんかね?
と言うか、ここは港からも街道からもちょっと離れているから、入荷した麻薬を一時的に保管する倉庫的な場所がもう一箇所どこか港の傍にでもあるんじゃないかな?
言ったら仕事が増えそうだから気が付かないようだったら指摘はしないが。
ちょっとやる気のないウィル君w




