1345 星暦559年 藤の月 7日 獣除け(6)
「これって魔術回路のここの部分が熊を意味していて、こっちが鹿なのかな?
両方に多少効果があった奴ってよく見たら熊と鹿の部分が両方隣り合って入っている感じがしないでもないよね?」
シャルロが3つの魔術回路を見比べながら言った。
取り敢えずケレナの実家の牧場とサーカスとで鹿と熊に効果がある試作品が分かったことで、3つの試作品の魔術回路の違いを見直しているのだ。
「確かにそうかも?
これって狐とか鳥とか鼠を意味する魔術回路も分かれば色々と喜ばれそうだな」
鶏を飼っているところなんかだと狐の侵入を一番警戒するという話だから、狐避けの魔具だったら買うかもしれない。
熊や鹿よりも、ある意味確実に需要はありそうだ。
鹿は食べれば美味しいが、狐は美味しくない上に捕まえるのが大変なのだ。
畑の端からちょこちょこ食われ始めたのに気付いて鹿を捕まえる農家のおっさんはそれなりに居るが、狐を捕まえるのに成功した話はあまり聞かない。
基本的に忍び込まれた穴を見つけて塞ぐしか対処法は無いに等しく、定期的に新しい穴があけられて鶏を殺されているのを見つけた怒声が鳴り響くことになるのだ。
とは言え、農村での卵や鶏肉の値段はそこまで高くはないから、実際に農家のおっさんたちが買うかどうかは微妙かも?
ある意味、美味しい卵を提供する鶏を守るために、王都の食事処の仕入れ担当とか、それを仲介する商会とかが払うかもだなぁ。
鳥はまあ、そこまで需要はない気がする。
果物を作っている農家から特に嫌われているが、高級な果物だったら網で防ぐなりするし、そこまで高級じゃないなら魔具なんぞ買わないだろう。
シャルロだったらお気に入りの果物の為に魔具を提供して、代わりに果物をくれと交渉しそうだが。
「元々この魔術回路は巨木の紋様を書き写したのを魔術回路の形にしたものなのだろう?
だったら巨木の紋様に関して知っているっぽい妖精の方に聞いてみたらどうだ?」
アレクが提案してきた。
確かにそれはありだな。
と言うか。
「ちなみにそういう紋様とかに関してラフェーンは知らないのか?
同じ幻想界の住民なんだろ?」
ほぼ毎朝の様にアレクと遠乗りに行っているラフェーンの方が、王様であるアルフォンスより暇そうな気がする。
まあ、妖精王と言っても人間の王様の様に法律を決めたり税金を取ったり侵略戦争に関して準備したり対策したりするといった事務作業的な忙しさはないだろうが。
……妖精王って暗黒界と触れ合ってしまったときに戦ったりその後始末の指示をする以外、何をするんだろう?
「ラフェーンが読み書きするとか紋様や魔術回路に関して知識があるとは聞いたことがないし、興味を示したこともないから多分無理じゃないか?
でもまあ、聞いてみるか」
アレクがそう言いながら、工房から庭に出る方の扉を開けた。
「ラフェーン!」
アレクが魔力を込めて呼びかける。
近くにいたのか、パカパカとラフェーンが現れた。
裏の草でもつまんでいたのかな?
ラフェーンが好きな薬草とか香草を裏庭に少し植えてあるんだよな。
ちょくちょくパディン夫人も間引きがてら香草をちょっと貰って料理に使っていると聞く。
「これって昔巨木の森に棲んでいた民が木に刻んで効果を生み出していた紋様の一部で、ここが熊や鹿を示すようなんだが、これで狐とか鳥を意味する紋様の形を知っていないか?」
アレクが尋ねる。
『ああ、ここ数日試していたあの試作品の元か。
妖精が教えた紋様に近いと思うが、詳しいことは知らないから私が教えるのは難しいな』
巨木の紋様の方を見せたところ、あっさりと返事が来た。
知ってたんだ??
まあ、幻想界でも一部使われていることもあるみたいだから、見たことはあるんかもな。
でも、詳しいことは知らないと。
やっぱアルフォンスに聞かないとダメか。
……幻想界って熊とか鹿とか狐っているんかな?
それを表す紋様があったなら、いるんだろうけど。以前遊びに行った際にそれらを見た記憶がない。
まあ、ウチで暮らしていたって熊や鹿と実際に直に遭遇する事なんてないから、ちょろっと遊びに行った時に見かけなくても不思議はないか。
王都郊外の村で熊が目撃されてたら問題w




