1344 星暦559年 藤の月 6日 獣除け(5)
「サーカスって朝は静かなんだねぇ」
商業ギルドから聞き出した現在王都に来ているサーカスの拠点に来た。
今回は残念ながらシェイラは既にヴァルージャに戻っている。
ケレナの牧場見学まではどうしても効果を見たいという事で王都でやることを見つけて粘っていたんだけど、一応鹿に効果があるという事が分かった時点で取り敢えず満足して戻ったのだ。
熊の方が鹿よりも重要そうな気がするが、取り敢えず鹿に効果があるという事は、熊にもある可能性が高いと判断した様だ。発掘チームのお袋役としては、年初会合で公式発表された予算を無駄遣いされないように、ツァレスを見張っておかないと心配らしい。
「サーカスは夜に大人相手のショーが多いからな。
流石に朝から客を入れて色々とやるのは人間も動物も体力的に厳しいんだろうね」
アレクが指摘する。
その体力的に厳しい時間帯にちょっとお邪魔させてもらっている俺達なんだが、まあそれなりに手数料を払っているし勘弁して貰おう。
多分熊だったらそれ程体力の限界まで酷使されていないだろうし。
それに考えてみたら、サーカスに遊びに来るような客が多い中でラフェーンが歩いていたらガキに囲まれて身動きが取れなくなっただろう。
アレクにもそれとなく、団長からラフェーンをサーカスで働かせないかと提案があったらしい。
処女じゃなければ角で串刺しにするなんて事がないと分かって、却って『是非!!』と頼まれたとアレクが言っていた。
下手に処女かどうかを見分ける能力を持った幻獣なんぞを見世物の一部にして、貴族や豪商の娘が実は……なんてことになったら大問題だが、男だって気にしないと知って安心したらしい。
というか。
ラフェーン曰く『ユニコーンが処女を好む』と言いうのは単に穏やかで清らかな気質な人間を好んでいたのが、段々時代を経る間に話が面白おかしく語り継がれて変に限定的になっただけらしい。
アレクが穏やかで清らか???と思わず話を聞いた時に俺とシャルロで聞き返してしまったが、ラフェーンは少しユニコーンの中では変わり者なのだと言っていた。
とは言え、アレクだって真摯ないい人間ではある。
単に『穏やか』や『清らか』はちょっと違うかなってだけで。
まあ、それはさておき。
団長の孫だとかいうガキに案内されながら熊がいる奥の方へ案内されて、檻の前に来た。
サーカスの熊ってこんな檻の中でずっと暮らして、出されるのは出し物の練習か、出し物を披露する時だけなのかぁ。
なんか、かなり悲しい生き方だな。
王都以外だったらもう少し自由に牧場とかを走り回らせてもらえると期待しておこう。
考え様によっちゃあ、獲物をしとめられなくてガリガリに痩せて最後には人間を襲って狩人に殺される巣立ちに失敗した野生の熊よりはましだろうし。
熊の所にラフェーンが近づいていく。
「意思疎通は大丈夫そうか?」
アレクが尋ねる。
基本的に熊だって意思の疎通は大丈夫な筈だとラフェーンは言っていたが、大人しくさせるために薬漬けだったり、扱いが悪くて病んでいる場合はそうではないかも知れないとの事だった。なので熊に不快感を与えると思われる試作品を試す前に、先にそちらを確認しておくことにしたのだ。
サーカスの熊が薬漬けなのかもって聞くと何とも微妙な心境になるが、確かに檻の中でずっと暮らすとなると病んでしまって薬を与えないと暴れ回る可能性はありえそうだ。
怠け者な熊だったら餌を貰ってちょっと媚を売ればいい生活に満足する可能性も高いと思うけど。
こういうサーカスの熊って多分小熊な時期に捕まって人間に慣らされて育っているんだろうが、小熊の時期に怠け者かどうかなんて分からないだろう。
『大丈夫そうだ。
リンゴを報酬として提供するなら協力すると言っている』
ラフェーンが答えた。
マジで熊ってリンゴを食べるんだ?
確かに熊は果物や木の実を食べるとシェイラも言っていたが。
今回も報酬としてリンゴを持っていけと提案したのもシェイラなんだよな。
そう考えると鹿たちは何も貰えなくてちょっと可哀そうかも? まああいつらは勝手にケレナのとこの牧場で牧草を食って牧羊犬に守られてぬくぬくと暮らしていたのだ。
居候代だと思ってもいいだろう。
「では、これを起動して近づくから、不快感がしたら伝えるように頼んでくれ」
アレクがちょっと熊から離れて試作品の一つを手に取る。
前回最初の試作品で鹿たちが嫌がった距離の1.5倍ぐらいの距離を取っている。
やっぱ熊を怒らせたら色々と面倒そうだからな。
そのままアレクが用心深くゆっくりと熊の檻の方に近づく。
特に何の反応もなかった。
ふうん?
最初の試作品は鹿には効果があるが熊にはないのかな。
次の試作品はアレクが檻から3メタぐらいの距離に近づいたところで熊が喉の奥で唸り始めた。
『不快らしいぞ』
ラフェーンが告げる。
うん。
それは言われなくても分かったかな。
アレクが試作品を止めて、最初の位置まで戻り、最後の試作品を取りだした。
起動させた途端に熊がちょっと落ち着きなさげに立ち上がったが、もう2メタぐらい近づいたところで喉の奥で唸り声をあげた。
『こっちの方が更に不快らしい』
へぇぇ。
試作品3は熊専用、試作品1は鹿専用、試作品2はどっちにも効くけど効果が低いめって感じなのか?
一応どれも牛や馬には効果がなかったんだが、明らかに動物の種類別に効果があるとは、不思議だ。
三つの試作品の魔術回路の間で違いがある部分に何か効果が出る対象を指定する効果があるのかな?
だったら別の動物とかの指定出来たら面白いのに。
と言うか、考えてみたら人避け用の魔術回路も人間を指定しているのかも?
まあ、人間除けはまだしも。キツネ避けとか、鳥避けとか、出来たら面白そうだが。
フォラスタ文明の連中はどうやってそんな鹿や熊を指定する魔術回路を見つけ出したんだろう?
ネズミ避けもあったら重宝されそうですよねぇ




