1338 星暦558年 桃の月 29日 久しぶりの手伝い(17)
「ケレナの所って鹿も住み着いていたりしないかな?」
昨晩王都に戻ってきた俺は、シャルロの家へ顔を出していた。
巨木の紋章を参考にした魔術回路は何通りか一応起動するものが出来上がったのだが、それが実際に獣除けとして効くのかが不明なんだよね。
昨日の夕方に魔力効率の確認をしようとして、狙った効果が無ければ消費される魔力の大小は意味がないと気付いたのだ。
人間相手には元々効果がない様に作られていた筈なので、俺が傍にいてもなんとも感じないのは、そういう設計なのか、それとも紋様に問題があるのかも分からない。
牛にも効くか近所の農家で試そうと思っているが、どうせなら鹿がいたらもっといいだろう。
でも鹿を飼っているところなんて、あまりなさそうな気がするんだよね。
王立研究所のどこかでは鹿も含めた動物の疫病研究とかの為に飼っていそうな気もするが、俺はそっちに伝手がない。
大きな敷地で馬を飼っているケレナのところだったら、鹿もどさくさ紛れに住み着いていないかと期待してシャルロに聞きに来たのだ。
「ああ、あの熊よけ?
そういえば熊だけじゃなくってそれなりな大きさの獣が対象な筈なんだったっけ?
近所の牛や馬で試せばいいんじゃないの?」
シャルロが首を傾げながら言った。
「馬って神経質なのが多いじゃないか。
嫌がるのが俺を嫌ってなのか、魔術回路のせいなのか微妙な気がするし、牛はうっかりそれのせいで脱走されたり乳が出なくなったりしたら困るし。
だから実際に排除したい鹿に試せたら一番良いんだが」
借りた馬で試して、暴れられて怪我をさせたり逃げられたりしたら面倒だ。
「ケレナの所で鹿を見た記憶はあるけど、勝手に柵を飛び越えて入ってきているだけだから、住み着くって程は定着してない気がするなぁ。
それこそ、アレクのラフェーンに効果があるか確認してもらえないかな?
人間に効かないのが『ある程度知性があるならダメ』みたいな条件付けがどうやってか含まれているんだったらラフェーンにも効かないだろうけど、大きさと四本足か否かみたいな条件だったら効くかも?」
シャルロが提案した。
「確かに?
どちらにせよ、考えてみたら馬や牛が暴れるような効果があるなら問題だから、どこかで試さなきゃだな」
通りかかった馬が暴れるようだったら誰かが落馬して怪我するかもだし、牛が嫌がるのだったらそれこそ遊牧地の傍に設置できないだろう。
「ラフェーンにどんな効果があるのか分かるか聞いてみて、その後は……村の農家のどこかに協力してもらえないか、聞いてみよう。
鹿よけの効果があるんだったら、たとえ牛が嫌がるにしても農作地の方に欲しがるかもだし」
シャルロが提案する。
確かに育てた野菜を鹿が齧るって話は聞かなくはない。
とは言え、農作地の傍に都合よく巨木があるかどうかは微妙だけど。
まあ、馬や牛や豚に悪影響がないなら、かなり広い範囲で考えればそれなりに巨木も生えているだろう。樹木霊がいるかは不明だが。
と言うか。
「考えてみたら、普通に育った巨木に後から紋様を刻んで、どの位の範囲で効果が出るのかもちょっと不明だな」
家畜に効果があるとなったら、下手に広範囲に効果が及ぶんだったら使えない。
「そうだねぇ。
樹木霊に聞いても自分に対する効果はまだしも、周囲への効果に関してはあまりはっきり認識していないっぽかったもんねぇ。
近所の巨木に刻んでみて、周囲の農家に悪影響があったら不味いよね」
シャルロがへにゃっと困り顔をした。
そうだよなぁ。
失敗したからって実験に参加してもらった巨木を切り倒すわけにはいかないだろう。
それなりに大きな紋様なのだから、それを完全に削除するぐらい幹を削り落としたら悪影響がありそうだし。
「取り敢えず、ラフェーンに聞いてみよう!
アレクはシェフィート商会のパーティの準備とかで忙しいみたいだから、明日にちょっとパーティで軽く話をしておいて、来年明けにラフェーンに来て貰って確認しようぜ」
生き物に刻む常時起動式な紋様って、考えてみると意外と難しいな。
昔のフォラスタ文明の連中はどうやって試行錯誤したんだろう?
大型な犬とかにも影響があったりしたら大問題ですよね。
狼避けなら大歓迎かもですが




