1337 星暦558年 桃の月 28日 久しぶりの手伝い(16)
結局、ヴァルージャの代官もそろそろ年末の休みに入っているだろうということで、年内はシェイラが宿のおかみさんの伝手で鹿害や熊避けを欲しがっている地域で巨木がある場所を探すのに専念することにした。
その間に、俺は5本の巨木から描き写した紋様を比較して、何か違いがないかを確認。
シャルロは既に王都に戻ったので、俺一人でやっている。
「う~ん、こことここがちょっと違うか」
長さがあちこち違うせいで形が多少変わるのは、木の成長具合の違いからくるのだろうからあまり気にしなくていいと思う。
だが、何か所か紋様の繋がる場所自体が違って形が違うのもあるんだよなぁ。
なんだろう、これ? 誰かが間違えたのか、何らかの理由があるのか。
一度起動させることができたら何か解明できるかもなんだが。
『何をやっているんだ?』
紙に書かれた紋様を見比べても答えが出なかったので、街中で買ってきた銅線を弄り始めたら清早が現れて聞いてきた。
「ちょっとこの紋様を何とかして起動できないかと思ってね。
以前に外周部の巨木にある人避けの紋様で試した時はダメだったから諦めたんだが、考えてみたらこの紋様って一部は木が魔力を吸収して大きく育つのを促進する用の紋様だと思うから、木に刻まなきゃ意味がなくて起動しなかったんだと思うんだよ。
だからその部分を排除したら、獣除けとか人避けの術が起動しないかと思ってね」
現実では人避けの術や魔術回路は既に存在する。
人避けのを弄れば、多分熊避けも作れるんだろうけど、態々森の中に熊避けの魔具を設置して魔石を定期的に入れ替えるなり補充するのは大変過ぎて実用性は無いのだろう。
だが、巨木になるまで木にある程度魔力を提供することでその後は勝手に周囲の魔力を吸収して起動してくれる獣除けが作れたら、それはそれで便利だと思う。
勝手に起動できることが利点なのであり、ここで魔具的な魔力補給をしなきゃ起動しない魔術回路を作ってもあまり実用性は無いが、少なくとも紋様が正しいかの確認にはなると思う。
まあ、現実に巨木に刻まれた紋様でちゃんと起動しているっぽいので、どれも『間違い』ではないのだろうが。
ただ、『擽ったい』と言われているのってちょっと効率が悪いんじゃないかと思える。だから、魔具にして魔石を使った効果を確認出来たらどちらの紋様の形にした方が良いか、分かりやすいと考えているんだよなぁ。
一度生きた木に刻んでしまった紋様は変えられない気がするし、あれだけのんびりした樹木霊相手だったらどちらの紋様の効果の方が強いか、お互いに話し合って確認してくれと頼んでも無駄だろう。
答えが出るのにもう十年ぐらい掛かりかねない。
だから魔術回路として再現してみたいのだ。
『鹿や熊に来てほしくないなら、森の精霊に頼む方が楽じゃないか?』
清早が指摘する。
「まあ、シャルロが頼んで蒼流が睨みを聞かせればシャルロが生きている間中ぐらいは効果が続きそうだが、他の魔術師じゃあそこまで効果が続かないだろう?
『精霊が飽きるまで』なんて言うんじゃいつ効果が無くなっているかも分からない。それじゃあ危なくて迂闊に信頼できないから、使いたがる人はあまりいないと思うぞ」
とは言え。
実証実験にも10年ぐらいかかるんだし、この紋様は完成しても売りに出せるような代物じゃないよな。
貴族の領主に歴史学会が寄付のお礼として提供する程度になるかな? 順番は逆だが。
シャルロの実家の領地とヴァルージャ近辺の森で効果が確認出来たら多少は使う気になる貴族も居るかもだな。
『熊だって鹿だって昔からいる生き物だからね。
精霊としては人間が増えてきて森の傍に住むようになって衝突するなら、森から離れれば~って思っていることが多いからなぁ』
清早があっさり応じる。
確かにそうだよなぁ。
人間の方が変な結界を張ったり術を掛けたりで、精霊にとっては邪魔なことをするうっとうしい存在だと思われることが多そうだ。
熊の方が精霊に好かれてそう。
と言うか。
「ちなみに、人間に加護を与えているみたいに、熊とか鹿に精霊が加護を与えることってあるのか?」
精霊の加護持ちの熊なんぞが居たら、ヤバすぎる。
『加護は与えないけど、お気に入りな場合はあるかも?
ちょっと餌の匂いを運ぶ風を吹かせてあげる程度だけど』
清早が言った。
「そのお気に入りの熊を殺したりしても特に狩人が精霊に報復されることはないんだな?」
森の中で生きる狩人や、地域の領主が精霊に嫌われたりしたらかなり不味いことになりかねない。
『大丈夫じゃない?
熊だって人間を殺して食べることがあるんだし。
お互い様ってことで精霊は気にしないよ。
もっとも、意味もなくただ遊びとして動物を殺しまくると精霊に嫌われることもあるけど』
あ~。
貴族の中にはそういうスタイルの狩りをするのも居そうな気がするが、大丈夫なんかね?
まあ、願わくは、精霊が嫌われた貴族をうっかり落馬か何かで死ぬようにしてくれると期待しよう。
動物を無意味に殺すような貴族は平民も同じ人間と見做さないで遊びで殺したりしかねないからな。
そういうのはさっさと居なくなるに限る。
やばい人体実験をするマッドサイエンティストは研究室に籠っているから精霊に嫌われない事が多いw




