1331 星暦558年 桃の月 24日 久しぶりの手伝い(10)
仮にも王様なんだから、そうそう気が向いた時に呼び出すのは問題かと思っていたのだが、パウンドケーキを受け取ったシャルロはすぐさまアルフォンスを召喚してくれた。
「久しぶりだな、シャルロ。
ウィルも」
光の召喚陣の中から現れたアルフォンスが気軽な感じに挨拶をしてきた。
「やっほ~、アルフォンス。
これ、ウィルからのプレゼント」
シャルロがパウンドケーキの一つをアルフォンスの方へ差し出した。
「お久しぶり。
今、時間は大丈夫か?」
一応気を使うべきかと遠慮して見せておく。
使い魔契約っていうのは相性がいいから締結されて保持されるものだが、俺は関係ない第三者だからな。
俺の都合で呼び出されたのだ。シャルロだけが挨拶気分で呼び出したならまだしも、俺の都合でだったら不快に思うかもしれないし。
「忙しかったら断っていい呼び出しだから、気にしなくていいよ。
酒と甘い匂いがして、美味しそうだな? ありがとう」
アルフォンスが嬉しそうにパウンドケーキに近づき、触れたらケーキが消えた。
妖精界の方へ送ったのか、それとも何か亜空間にでも物をしまう能力があるのか。
人間が使う魔術だと物を軽くする術はあるが、容積を小さくしたり別の場所に収納できる術はないんだよなぁ。
妖精が亜空間に物を好きなように収納できると知られたら、魔術師に妖精と使い魔契約を結んで隊商や交易船に雇われてくれと金を積む連中が大量に出てきそうだ。
そういう話を聞いたことがないってことは、妖精王特有の能力なのかな?
もしくや妖精界へ送り付けるだけの一方通行な能力なのかも。
妖精界から戻すのが大変だとなったら収納代わりには使えない。
と言うか、妖精も精霊と同じであまりきっちりと働けとか手伝えって言われるのは嫌いらしいからなぁ。
研究職を助ける精霊よりはあちこちに移動する交易船や隊商を助ける妖精の方がまだあり得そうだが、きっちり契約通り働けと縛るのも難しそうだ。
現実にそういう求人の話を聞かないことを考えると、何か致命的な問題があるんだろうな。
それはさておき。
「ところで、この国の南の方の森にこないだまで人避けの結界が巨木に刻まれてずっと起動していた古い文明の遺跡があるんだけど、そのこと知っている?
まだいくつかの巨木の紋様が起動しているみたいなんだけど、どういう機能なのか、どんな風にやったら新しく作れるのかとか、妖精の誰かが何か知らないかな?」
シャルロが皿の上のクッキーを差し出しながらアルフォンスに尋ねた。
傍にあった棚から普通の半分ぐらいのカップも取り出してきて、お茶も注いでいる。
妖精サイズだったら半分の大きさのカップでも俺にとってのスープ鍋ぐらいの大きさだと思うが、人間用のカップよりは一応両手に持てば飲みやすそうだ。
特注なのかな?
それとも貴族や豪商のお嬢さん方が遊びにでも使う人形用のカップだとか?
よく見たら俺用にお茶を注がれたカップと模様がお揃いだから、特注っぽいな。
「ふむ。
南と言えば……人間たちが『隠れの森』とか呼んでいた場所か。
精霊と仲良くしていたし、あそこら辺も時折妖精界と近づくから昔はあそこの人間たちとも付き合いがあったな、そういえば。
まだ大樹たちは残っていたのか」
ちょっと懐かしそうにアルフォンスが言った。
おや?
個人的にあそこに知り合いがいたのかな?
人間よりも樹木霊の方かもだが。
「ああいう術って妖精界では使わないの?」
シャルロが興味深げに尋ねた。
「われらの世界では樹木の霊たちの意識がもっとしっかりしているからな。
余程誰かと仲良くしない限り、自分の体に術を刻んでそれを長期的に補助するなんて嫌がるのだよ。
此方の世界だともっとぼんやり、のんびりとしているからな。うつらうつら寝ている間にちょっと手伝うぐらいはいいと応じたのがあの森の巨木たちだ」
アルフォンスが教えてくれた。
なんと。
まあ、確かに考えてみたら俺だって家の傍に住んでいる蟻に自分たちを守る術を俺の体を使って掛けさせてくれって言われたら絶対に断るな。
動かない木と人間じゃあ感覚が全然違うだろうが、魔素の濃い妖精界では樹木霊ももっと意識がはっきりしていて人間っぽい感覚なのかも。
暗黒界と繋がった時に消えるから術を使わないのではなく、樹木霊に断られるからと言うのはちょっと想定外な理由だったが。
妖精の森は巨木に家を作っているような感じなところも多かったから、似たようなもんだと思ったが、何か違うんだろうなぁ。
「そっかぁ。
ちなみにどういう術なのかとか、どうやったら樹木霊に交渉出来るのかとか、知ってる?」
シャルロが追加のクッキーを取りだして自分用に手に取りながら尋ねた。
「確か外周のは人避け、中のは熊のような大型獣除けだった筈。
以前シャルロがあそこに行っていた時にちょっと遊びに寄った時に気付いただけだから、それ以外何もないとは断言できないが」
アルフォンスがもう一つクッキーを取りながら教えてくれた。
熊よけ!!
俺には関係ないなぁ。
でも確かに、あの森に熊が出ていたら遺跡探索チームたちに取って危険だったかも。
「へぇ~。
熊よけねぇ。ちょっと便利かも。
樹木霊に頼むのって大変なの?」
シャルロが興味を示した。
そっか、領地持ちの貴族にとっては地方の屋敷の傍に熊が出るような場所もあるのかな?
異世界にもツキノワグマやヒグマ的な熊が沢山いますw
冬眠中に皮と肉目当てに人間に狩られるので、人里近くには余り居ませんが。




