1303 星暦558年 桃の月 1日 保存(24)
「シェイラが言っていたんだが、牛乳を近所の村で売り切れないような農家だったら、発酵を早めてちゃちゃっと素早くチーズに仕上げて売るっていうのに需要があるかも?」
何といっても牛乳は重いし嵩張るし、腐ったら飲みたがる人間は居ない。
その点、チーズだったら圧倒的に軽くなるし生の牛乳よりは長持ちするだろう。カビが生えてもそこを削って食べるのだってある程度は可能だし。
「なるほど?
ワインとかエールの醸造所はお酒を造るのが本業だから育てたり仕入れた素材が無駄になるってやきもきする必要はあまりないけど、農家の牛乳は季節によっては余って廃棄処分になりそうな気もするよね。
チーズに出来るなら運んでいける距離も大幅に伸びるだろうし」
シャルロが俺の言葉に頷いた。
昨日はシェイラと海賊船を見て回ったのだが、シェイラは他にも入り浸っている歴史学会のおっさんや爺さんたちと盛り上がっていて、俺は微妙に放置された1日だった。
多少は会話もしたが、シェイラだけじゃなくて他のおっさんたちもほぼずっと一緒だったからねぇ。
若い男女が休息日に一緒にいるという事情に全く気を遣う気配が欠片もなかった。
まあ、あの海賊船が活躍した時代の歴史的考察とか背景を聞けてそれなりに面白かったけど。
それはさておき。
「やっぱ酒だと安くて不味いのを作れてもそれほど高く売れないから魔具を態々買ってまでして作ろうとは思わなそうだし、色々研究して美味しいのを作れるようになったら今度はその作り方を秘匿しようとするだろ?
そうなったら魔具が売れない。勝手に誰かが俺らの魔具を買って研究するのは好きにしろってところだけど、俺らから声を掛けて研究してもらうほどのことは無いと思うんだよな」
その点、牛乳を無駄にせずにチーズとして売り出すというのだったら地域的な資源の有効活用って感じになるから、そこの家畜農家の採算が良くなるだけで、他との競争原理っていうのは極端には損なわれないんじゃないかな?
「ある意味、農家に直接売りつけるよりも家畜農家の多い地域の領主に売り込むといいかも?
地域全体の生産性が上がるとなれば税収が上がるから、補助金を出して魔具を買わせようとする可能性がありそう」
シャルロがお茶の注がれたマグに手を伸ばしながら言った。
今朝になっても腐敗が遅れる効果があるかもと思われる試作品は保存庫に入れたレバー肉や桃の状態と目に見えて違いがあるようではないので、待ち状態だからあまり実験することがないんだよね。
なので発酵を進めているかも?な方をどうしようかと話し合っているところなのだ。
「それにチーズ程度だったら早く出来あがると保管スペースを節約できるから、ここら辺の農家でも喜びそうだな。
夏だったら早く発酵してチーズになってくれる方が悪くなる危険性も減るだろうし」
アレクが指摘する。
「発酵が進むってことは悪い菌が混ざった場合は早く腐るから、季節は関係ないんじゃないかなぁ。
なんだったら、最初に道具とか容器を殺菌できる魔具も一緒に提供したらいいかも」
シャルロが提案した。
なるほど?
流石地方領主の息子。
チーズを作る過程に関しても色々知っているんだな。
「取り敢えず、発酵を進められるならそれなりに利用できるかもってことなら、こっちの試作品の効果を高める改造を頑張ってみるか」
腐敗を遅らせるよりも、早める方が効果を実験で確認しやすいだろうし。
遅らせる方は今の実験中のがどのくらい効果があるかを確認してからどうするか考えなきゃだから、その間にこっちのチーズ用発酵加速魔術回路の改善に頑張るか。
「じゃあ、まずはどこの部分で発酵を早めているかの確認だなぁ」
あちこちの魔術回路を切り離して二重にしたのを何個か作って、腐敗が特に早まるのがあるか、確認かな?
軽くなるとか、虫を殺すとか、発熱するとかっていう効果じゃないから、目に見えない効果の確認って中々面倒なんだけどねぇ。
まあ、発酵が早くなる部分が分かったら、ちゃんと遅くなる方の魔術回路と比較してどれが発酵の速度を加速したり遅延したりするのか、分かるようになるかも?
……分かるようになりたいなぁ。
遅延の方はマジで効果の確認に時間が掛りすぎるから、実験に時間が掛りすぎる。
水っぽいモッツォレラチーズではなく、もっと乾いたハードチーズを作ることを考えてます




