1215 星暦558年 緑の月 17日 事務作業(21)
「う~ん?
実家の屋敷にも、なんか紐を引っ張ると寝室から台所とか侍女の部屋とかに呼び出し用鈴の音が伝わる仕組みがあったよ?
あれって魔具じゃなかったと思うけど」
俺が2階と1階の間で通信機を設置しようと提案したら、シャルロがちょっと首を傾げながら言った。
「そういえば、船なんかでも伝声管という仕組みがあると聞くな。
鈴は単に筒の中に縄でも通して部屋から引っ張って鳴らせる仕組みなのかもしれないが、伝声管は声を伝える仕組みな筈」
アレクが指摘した。
「親方、そこら辺の事なんか知らないか?」
横で話を聞いていたデルニッヒ親方に尋ねる。
「俺んとこは昇降機が専門だ。
それよりは大工職人の方がまだ知っているんじゃないのか?」
親方が横で黙々と作業としていた大工職人の方に尋ねた。
「あれは金属系の筒を使っているんで我々とは専門が違いますね」
あっさり大工のおっさんは首を横に振った。
へぇぇ。
でも、金属の筒があったら声がちゃんと伝わるのか?
少なくとも俺たちは2階と1階程度なんだから、筒を通して話ができるならその方が便利だな。
とは言え、あまり上の会話が下に丸聞こえっていうのは微妙だから、普段は蓋を閉めて声が伝わらないようにしておいて、紐を引いて鈴を鳴らしたら上下両方で蓋が開く感じの方がいいかな。
「どこか屋敷用の伝声管みたいのを作っている工房を紹介してもらえないかな?
ウチの実家は鈴を鳴らしたらメイドか侍女が用を聞きに来てたけど、もう少し人が少ないところだったら『お茶を持ってきて』とか『出かけるから着替えの準備を』とか言った用事を直接伝えて時間を節約したいところだってあると思うんだよね」
シャルロがデルニッヒ親方に頼んだ。
大工のおっさんには頼まないんだ?
デルニッヒ親方経由で来た職人ってことで、紹介を頼むときはデルニッヒ親方経由でやるのがこういう時の礼儀なんかね?
……というか、紹介料とか取られるのかな?
あまり高いんだったら、自分たちで伝声管を適当に探して真似して自作してもいいな。
シェフィート商会の屋敷とか店舗にも、そういうのが設置してある建物もあるんじゃないか?
まあ、音が伝わりやすいとなったらうっかり盗聴される危険性もあるから、それは困るってことで設置していない可能性もゼロではないが。
ついでに工房と台所とか書類作業部屋への伝声管を設置させたら更に便利かとも思ったが、俺たちが色々相談していることが筒抜けになるかもっていうのは微妙か。
転移箱のように、アイディアだけでも意外と新しい魔具って開発できるみたいだからな。
一応俺たちの為に働く人間には誓約魔術で『俺たちの所で知った情報を他者に流さない』と契約してもらうが、極端にきつい縛りはつけないつもりだから、知り合いを誘導する程度のことだったら出来てしまう可能性は高い。
それに、時々俺が変な頼まれごとをした時に、そのせいで研究開発に参加できないのを説明したり、顛末を語ったりすることもあるからそれを俺たち3人以外の人間に聞かせるのは危険な場合もあるだろう。
「ふむ。
知り合いに確認しておくよ。
確かに昇降機に伝声管を併設しておいたら色々便利そうだしな」
親方が頷きながら言った。
「今までのは無かったのか?」
階段を下りていくよりも階の上下でそのまま話し合える方が便利だと思うが。
「昇降機の扉を開けて下なり上なりに向かって声を上げれば大体相手に届くからな」
親方が肩をすくめながら言った。
あ~。
屋敷の奥にある台所近辺だったらそういう大雑把な対応でもいいのか。
とは言え、俺たちの家はそこまで大きくはないから、昇降機の周辺で大声出すのは客人にモロ聞こえてちょっと顰蹙だ。もしも伝声管や鈴がそれなりに効果を果たせないようだったら、通信機を近距離用に安上がりに仕上げた方がいいだろう。
というか、そう考えると通信機を併設するのはウチみたいな比較的小さな屋敷で、台所も人が入る場所に使い場合だけだろう。そう考えるとそんな家に昇降機を設置する案件自体が少なそうだから、近距離用の通信機は不要かな?
『お湯上げて〜!!』
『ちょっち待て〜!!』
『お湯一丁前!!』
『ぎゃぁぁ、今お嬢様のお着替え手伝い中〜〜!!』
なんてオレファーニ公爵家の奥で怒鳴り合ってたりw。




