1082 星暦558年 紺の月 15日 裏社会からの依頼(5)
「眠れ」
当主の寝室にあった隠し金庫には宝石と金とナイフしか無かった。
案外と寝室の隠し金庫って脅迫用(もしくはいざという時の保険用?)な手紙とかも入っている事が多いのだが、そう言うのは全て書斎の隠し場所に入れてあるらしい。
なので家令の部屋に来たら、まだ作業中だったのでペンを置いた瞬間を狙って眠らせた。
窓のない狭い部屋で働いているな~と心眼で視た時は思っていたんだが、実際に部屋に来てみたら隠し部屋だった。
家令の部屋のクロゼットの向こうに物置のような小部屋があり、そこで仕事をしていたのだ。
そろそろ真夜中だって言うのにまだ働いているなんて、哀れな。
こんだけこき使われているんだったら、どう考えてもあまり偉い立場にあるとは言えないだろう。
組織の中での情報を得られる地位的な話で言えば上層部かも知れないが、コイツってば実質は当主の奴隷に近い感じがする。
でもこういう中途半端に偉い立場にいる人間が、組織が摘発された際に責任を押し付けられてトップ扱いで死刑になったりするんだよなぁ。
当主の書斎には暗殺に関連する書類は殆ど無かったし。
あの怪しげな情報管理のファイルだって、依頼の詳細があの能天気そうな手紙に隠されているだけだとしたら、実務的な詳細は全部こっちにあるだろう。
そうなると、此奴が勝手に伯爵家の名前を使ってやっていたって当主が主張したら・・・例えあの情報ファイルが見つかっていても能天気な手紙の解読に成功してそれに露骨に暗殺の依頼が明記されていない限り、当主の言葉が通る可能性は高そうだ。
しかも自分の部屋に入ってから働いているとなると、他の屋敷の使用人からしたら当主直属の家令の癖に午後早くには仕事を切り上げて部屋で寝てばかりいる人間だと思われていそうだ。
・・・睡眠不足なのか目の下の隈が中々凄いので、何か病気持ちだと思われているかもだが。
まあ、今回はちゃんと暗号の符丁らしきものも見つけてあるから、ちゃんとあの手紙を読み解ければ当主が命令をする立場として関わっていたと証明できるかもしれないが。
ある意味、コイツが病気で倒れてでもいる間に当局に摘発されたら実際に組織を動かしていたのは当主だって証明できることになるかも知れないが・・・体調が悪かったらあっさり当主に『自殺』させられて、罪の意識に耐えられなかったらしいと死人に口なし弁護を使われそうかな。
そう考えると、コイツにヤバそうになったらさっさと当局側の人間に投降する方が長生きできるぜ~と知らせてやりたいところだが、下手にそんなことを先に教えたら当主側に当局の到来がバレるかも知れないから、駄目だろうな。
取り敢えず、どんな資料があるかを調べて、後はウォレン爺にコイツがどれだけこき使われていたかを証言しておこう。
と言うか、当主とコイツの間の会話を記録しておいたらどんな命令が誰から下されていたかがはっきりするかな?
もしかしたら、普通に家令としての仕事の後にこっそり暗殺業の取りまとめをしているから残業が多いという可能性だってゼロでは無いんだし。
いやでも当主に内緒でクロゼットの奥に隠し部屋なんぞ作れないよな。
雇用された時期によっては前当主から裏事業を引き継いだとか言うのも可能か?
とは言え、あの床下の隠し場所にあるファイルを考えるとほぼあり得ないとは思うが。
取り敢えず、意識のない家令を椅子ごと壁際へ動かし、しっかり壁に寄りかからせて倒れない様にした上で机の上の資料をぱらぱらと捲って調べる。
うん。
こっちの方が実務での複合毒の専門家の宿泊場所とかケルパッサの裏組織とのやり取りがある。
誰を殺すかの依頼人を見つけてそれとなく唆し、金額の合意とかまでは当主がやり、実務的なことはコイツがやっているのかな?
ある意味、ここまで実務的情報があるなら当主を当局側に売りつけることは十分出来たんだから、何も言わずに暗殺業に関わっているとなると掴まっても自業自得ってところなのかも知れない。
隠し部屋なせいか、殆ど何も隠されていないので壁一面にある本棚の書類を手に取って調べてみたら暗殺業だけでなく、密輸とか毒の違法輸入・販売とか人身売買とかの書類もあった。
どうやらそこら辺の違法な活動がここ数年の間に次々と潰されたり取引先が逮捕されたりで収入が激減した為、暗殺業という既存業者からの報復が危険な事業に乗り出すことになったらしい。
取引先の名前や住所が微妙に記憶にあるような気がするが・・・まあ気のせいだろう!
諸悪の根源は自分の領地をしっかり統治できていない領主だけど、副業を次々と廃業状態に追い込んだのは・・・




