1066 星暦558年 紺の月 2日 例年の時期と言えるかも(3)
「なあ、学院長って何か過去に家族関係で悲劇でもあったのか?」
家に帰り、午後のお茶(と今日の焼き菓子)を食べながら同じく戻って来ていたアレクとシャルロに尋ねた。
「うん?
何か墓穴でも掘ったのか?」
アレクが尋ねる。
「いや~お土産にサンゴも有りかなと思って、女性の娘とか親族っているんかって聞いたら反応が微妙だったから」
まあ、妻が死んだって言っていたからそれだけでもそれなりに悲劇的と言えるかもだが。
怪我にせよ、病気にせよ、死と言うのは切ない。
と言うか、火の精霊の加護持ちだったら家族を守って貰えないのかな?
病気とかには水の精霊の方が対処が上手いのかもだが、別に精霊って直接加護を貰っていない元素の精霊でも加護をくれた精霊経由で頼めば願いを聞いてくれることが多いんだけどな。
火と水の精霊が一緒に漂っていることはあまりないとは言え、特に仲が悪いって訳ではない。
学院長の奥さんが死んでからあの火精霊から加護を受け取ったのか、それとも単に病気や怪我から家族を守ってくれと精霊に頼むことを思いつかなかったのか。
どっちなんだろ?
「あ~。
元々学院長って一級魔術師だったころから火系統の魔術が得意だったんだよな。
で、旧ガルカ王国との紛争に呼び出されて戦っている最中に奥さんが出産で死んだって知らせを聞いて、嘆きと怒りで平野一杯の敵国の兵士とその後ろにいた貴族を焼き払った時にあの火精霊に加護を貰ったって話だな」
アレクが教えてくれた。
「へぇぇ、精霊って子供のうちに加護をあげるのかと思ったら、違うんだ?」
シャルロが丸い形をした焼き菓子に手を伸ばしながら言った。
『水や風の精霊は幼子の穏やかさと純粋さを好むが、火のは大人の深みのある熱情を好むからな』
ふいっと現れた蒼流が教えてくれた。
幼子ねぇ。
俺は幼子だったつもりは無いが、まあガキではあったか。
穏やかさとも純粋さともほど遠い存在だったと思うから、清早って精霊としてもちょっと変わり者なんだな。
「大地の精霊は?」
シャルロが首を少し傾けて尋ねる。
『あやつらは気まぐれだからな。
個体差が大き過ぎて何とも言えん』
蒼流が言った。
考えてみたら、土精霊の加護持ちってあんまり知られていないんだよなぁ。
土の精霊は特に人間の都合で大地を弄ったり人を殺したりするのを嫌がるから、農家程度の干渉ならまだしも大工事や戦争に使われるのは加護を取り上げる勢いで嫌がると聞いた。だから精霊の加護持ちだとしても国も使わないのかな?
農家とかだったら魔術師になったり国に何か言って地位を貰ったりするよりも、いかに美味しい作物を作るかって方に熱中するタイプが精霊に好まれそうだ。そう言う人間だと最初から国に申告しようという考えが思いつかないことも多いって話なのかも。
魔術師じゃない人間でも精霊に加護を貰うことがあるが、少ないからな。
・・・知られている範囲では。
「ふ~ん、そうなんだ。
で、土産の話をしたってことは、やっぱ学院長は来れなそう?」
シャルロが聞いてきた。
「ああ。
新入生で上手く馴染めてない奴らの相談にのったり、来月の学院祭の警備や諸々の話し合いをしたり、色々と忙しいんだと。
夏だったら休みを取れるから、その時に行くんだったら誘ってくれってさ」
誘わなきゃ自分からは行かなそうだった。
意外と学院長って出不精?
「ふむ。
真夏の王都は暑苦しいからな。
却って暖かい地域とは言え島の海岸や野原で適当に過ごす方が良いかも知れないな。
何か大きな研究開発でも入ってきて身動き取れないなんてことにならない限り、その頃にまた誘って行こうか」
アレクが言った。
まあ、研究開発って基本的に時間的制約は無いのが普通だから、案件が入っていても気分転換にパストン島に行くのはありだよな。
もしかしたら、遺跡の発掘作業も真夏の暑い最中は辛いってんでシェイラも一緒に来るかも?
「おう。
そう言えば、ジャレットの案件は水牛だけ連れて行けばいいのか?
何か水牛用の用具とか必要ってことは無いのか?」
牛よりも大きいなら普通の牛用の道具(何があるのか知らんが)が使えない可能性もありそうだが。
「一応畑仕事用のハーネスは水牛と一緒についているらしいから、大丈夫だろうという話だ。
チーズ作りの材料は既存ので何とかなる筈らしい」
アレクが教えてくれた。
畑仕事なんてやらせるんだ?
土竜の使い魔がいるんだからそっちに全部任せるかと思っていたが・・・まあ、魔術師が体調を崩したり休暇を取ったりしたら一気に農業が停滞してしまうんじゃ困るからな。
そう考えると動物を使っての耕作はやっておいた方が無難なのかな?
まあ、取り敢えず向こうに行けば分かるだろう。
妻が初出産なのに、国の危機って事で戦場に駆り出される不幸・・・




