1057 星暦558年 紫の月 20日 音にも色々あり(20)
「こっちが『火事だ!』って声を出す魔具。で、こっちが軍の進軍用トランペット音を流す魔具だよ。
森の中だったりしたらヤバい時に『火事だ!』って騒ぐよりも良く通る大音量の方が良いかもと思って両方持ってきた」
シェイラに今回の非常音関連の試作品を持って来たので渡す。
防音用の魔具に関しては前回渡したので特に問題はないと言っていたし、シェイラだったら盗聴防止用魔具に連動して外で非常事態用の音をだす魔具が必要になる様な状況に陥る様なうっかりはしないだろうから、普通に大きな音が出る魔具だけ持ってきたのだ。
「『火事だ』ねぇ。
まあ、大音量で火事だって騒げば見て見ぬ振りをしない人間も呼び寄せられるかも知れないから良いかも?
軍のトランペット音は・・・どうやってそんな物を手に入れたの?」
シェイラがちょっと呆れた様に尋ねた。
「軍部の方に盗聴防止用魔具を売り込んだ際に、部屋の外で非常事態を知らせる音を出す魔具もついでに付けて渡すことになってね。トランペットの突撃命令音が良いだろって言われてそれを記録した魔具を造ったんだよ。
そうしたら、ついでだから他のトランペットの軍事行動関連の音を記録させた魔具を造ってくれって言われた。これはその試作品の一つ」
ちなみに盗聴防止用のは取り敢えずあれでいいと言われた。
多少音が漏れにくくても、軍部の人間が襲われた場合はどうせ音が漏れた段階で死んでいることが多いだろうと言う割り切りだった。
重要人物が生き残っていたら非常音用の魔具を起動させるだろうし、その人物が死んでいたらどうせ下手人が直ぐに逃走するだろうから中の人間が扉を開けて非常事態に関して対処すれば良いらしい。
「へぇぇぇ。
トランペッターを廃止するつもりなんだ?
・・・携帯用通信機が大体行き渡ったって事かしら?」
シェイラがちょっと首を傾げながら呟く。
「おう。
だけど、軍事行動だったらもしもの事って言うのはあるだろ?
携帯用通信機ってそれなりに動力部分が嵩張るから、急襲なんかを受けてそれを失った際に軍事行動の指示が出来ないんじゃあ困るからってことで、いざと言う時には魔具で音を出す様にするのが良いかってなったらしい」
ちなみに、一応軍部の話だしということで盗聴防止用の魔具は起動させて会話している。
テーブルの中央に置いてぽちっと起動させるだけのお手軽な小型版だ。
騎士団の食堂での無駄話でも盗聴防止用の魔具の使用を義務付けて、忘れたら罰金を取るという程に雑談での情報漏洩を軍が重視していると聞いたからねぇ。シェイラとの会話も場合によっては人に聞かれたら不味いかもと思い至ったのだ。
まあ、そうそう大したことは話していないが、それこそ軍の食堂での雑談だってそれ程大したことは話していない筈なのにその情報を買っている人間がいるらしいのだ。
俺から情報が漏れているなんてことにならない様に、事前に対応策を講じておく方が無難だろう。
周囲の無駄話が聞こえにくくなって会話がしやすいし。
「世の中、色々と変わっていくわねぇ。
考古学関連なんてそれこそ新しい遺跡が見つかったとかいう場合以外は急ぎの連絡なんかも必要ないから、未だに携帯用通信機なんて誰も持っていないけど」
シェイラが苦笑しながら言った。
「その代わり、虫除け魔具は最新版を持ってるだろ?
日常的に実利がある魔具じゃないと、発掘費の足しにしようとついつい魔具を質に出してうっかり質流れさせそうだから、携帯用通信機なんて言うそれなりに高額な物は支給される訳はまずないんじゃないか?」
実家が金持ちな人間だったら家族が提供するかも知れないが・・・学者バカ共だったら家族からの支給なら、それこそ心置きなく質流れさせそうだ。
「まあね。
と言うか、自分から連絡を取りたい時は夜に街に帰ってからでいいし、日中に連絡が入って発掘を中断する羽目になりたくないから、携帯式通信機なんて絶対に持ちたくないっていうのが本音だと思うわね~。
私だって邪魔は最低限に抑えたいと思うし」
シェイラが肩を竦めながら言った。
「まあ、考えようによっちゃあ外で人と会う約束をしているとかって言うんじゃない限り、携帯用通信機って邪魔なだけだよな。
自分で連絡を取りたくて、家にいない時なんてそうそうないだろ」
そう考えると、行商人とか軍事活動中の軍人ぐらいしか、あまり必要はないのかも?
領地のあちこちを回る必要がある貴族とか代官とかはあると便利かもだが。
緊急時の連絡を直ぐに繋がるか否か以前に、どこにいるかを把握するのに時間がかかるんじゃあ困るだろう。
取り敢えず。
王都に戻ったらドリアーナに行ってテーブルごとの盗み聞き防止用魔具の評判はどうだったか確認しよう。
ちょっと軍部関係でバタバタしていたから、ここ数日賄いを食べに行っていないんだよな。
携帯って掛ける分には便利だけど掛かってくるのは『後にして!』と感じることも多い気がw




