1036 星暦558年 赤の月 20日 ちょっと想定外な流れ(11)
「こんなところだと思うわ」
休息日の朝に現れた俺に、シェイラがリストと共にブラグナル男爵家で見つけた手紙の束を返してきた。
「お、ありがと」
ブラグナル男爵家の次男から入手した収入リストの手帳があっても、結局イニシャルとか変なあだ名で支払人の事が書かれていたので、誰が脅迫されていたのか分からなかった。
だから手紙と手帳をシェイラに渡して犠牲者が分からないか、調べて貰らおうとセビウス氏に会った後に転移門でちゃちゃっと会いに来て頼んでいたのだが、それなりに結果が出たらしい。
頼むのは今日まで待っても良かったんだが、脅されている方はそれなりに切羽詰まっている可能性があるし、ブラグナル男爵家の次男が脅す資料が無くなったことで変な行動をとる可能性もあるしであまりノンビリと構えているとヤバい事になるかもと思ったのだ。
セビウス氏に頼むことも考えたが、下手をしたら脅された人間がシェフィート商会のライバル商会の令嬢だったり取引相手の貴族の令嬢である可能性も考えて、やはりこれは関係がない女性の方が良いだろうとシェイラに頼んだ。
シェイラでも分からなかった場合はどうするかは微妙なところだが。
はっきり言って、被害者は何処ぞの商家の男性に知られるぐらいだったらずっと脅され続けている方が良かったと考える可能性もあるからなぁ。
その点、シェイラはあの脅迫用の手紙の入手ルートに関して絶対に表に出れない弱みもあるし、お互い様だということで負担は少ないだろう。
セビウス氏だって別に金の為に脅迫することは無いとは思うが、シェフィート商会の為となったら知っている情報は使う容赦の無さは持っているので、出来れば彼に情報を漏らすのは最後の手段としておきたかったのだ。
ある意味、あの手紙の束から何か得ることがあるなら入手に一役買ったシェイラがそれを受け取るべきだし。
「そう言えば、なんか王都の商業ギルドが騒がしいって噂を聞いたんだけど・・・何かあったの?」
シェイラがパンにジャムを塗りながら聞いてきた。
「あ~。
商業ギルド関連でちょっと不味いかも知れない手紙があったから、セビウス氏に渡したんだよね。
そのうちどっかの誰かが辞職するじゃないか?」
どう決着がつくのかは知らないが、辞職を促すぐらいが一番穏当な動きだと思うんだが。
シェフィート商会はそれなりに勢いもあるし、商業ギルドの役員の弱みを握って何かをしようとする必要はないだろう。
数年おきに役職の変更を兼ねた投票があるなら長期的に弱みを握っておいてもあまり意味がない気がするし。
まあ、そう考えるんだったらブラグナル男爵家の次男だってあの手紙を取っておいても余り意味は無かったか?
考えようによっては商業ギルド全体の汚点と言うことでギルドのお偉いさんを脅すのに使えたかもしれないが・・・そこまで大きな話になると脅して願った通りの結果になるよりも、暗殺ギルドのナイフがある日すれ違いざまに急所に刺されていたなんてことになる可能性の方が高いだろう。
「へぇぇ。
あの次男、商業ギルドの弱みまで握っていたとは随分と手を広くやっていたのね。
一旦全部脅しの材料が無くなったとしたら、また長男を使って材料を集めるつもりなのかしら?」
軽く顔をしかめながらシェイラが言った。
ぱらぱらと受け取った手紙とリストを見比べていた俺の手が、一つの名前を見て止まった。
「おやま。
最近体調を崩して寝込んじまったって話の令嬢が、手紙が戻って復活した際に父親にその件に関して問い詰められて情報を吐いたら・・・ブラグナル男爵家の息子たちは二人とも王都からいなくなるか、死なない程度に痛めつけられて二度と戻って来るなと脅されるんじゃないかな?」
身内を物凄く大切にするが他者に対しては容赦のない事で有名な男の娘が睡眠薬を大量に飲んで死にそうになって、そのままベッドから出てこなくなったと赤が言っていたが・・・これの話だったのか。
俺がガキの頃から絶対に手を出すなと裏社会で有名だった男なんだが・・・娘が食い物にされているのに気づかないとは考えにくい。娘が頑として口を割らないと手を出せないなんて、ちょっと意外だ。
1回しか支払いが無かったっぽいからまだ様子を見ている段階だったのかね?
1回脅されただけで自殺未遂を仕掛ける娘の神経の細さというか思い切りの良さはちょっと父親の評判とかけ離れていて意外だが。
・・・手紙を返しに行く際に、俺にとばっちりが来ない様に気を付けておかないとだな。
怖いお父さんの娘は、守られて育ってほんわか系の優しい子になるか、世の中っていうのをよく知って育って同じぐらい怖くなるかの二択かも?




