1027 星暦558年 赤の月 10日 ちょっと想定外な流れ(2)
「で?
態々俺にばらしたってことは・・・何をやって欲しいの?」
街の中から離れ、迷いの森の中へ散策の足を進めながらシェイラに尋ねる。
シェイラと俺は何でも間でも秘密を共有するような関係じゃあない。
商業ギルドのパーティで自白剤を盛るとか、友人の従姉妹とやらがヤバい手紙を盗まれたとかって言うような話は広めない方が良い類いの内容であり、シェイラは『広めない』というのは情報共有の相手をゼロにするのが一番だと分かっている人間でもある。
そんなシェイラが態々雑談の中でとは言えヤバい情報に触れて来たのだ。
何か助けが欲しいのだろう。
「その友人の従姉妹なんだけどねぇ。
顔はある意味平凡で誠実っぽく見えて良い人なんだけど、婚約者がいるちょっと問題な男性と恋仲になってしまったらしいの。
騙された形で婚約してしまって、どうにかそれを解消できないか苦労しているって話を鵜呑みにして相談に乗っている間に・・・って感じ?
秘めたる恋ってことで燃え上がっちゃって、色々と悲恋に酔っちゃった手紙を書いたらしいのよ。
まあ、暫くしたら相手の実態が見えてきて恋も冷めたらしいし、最後の一線は踏み込まなかったそうだから致命的な問題にはなっていないんだけど・・・それなりに社交界で噂にされたら本人だけじゃなくて家族にもあまり良くない影響があるのではと匂わす手紙が来るようになったんですって」
シェイラがその友人の従姉妹とやらの状況の説明を始めた。
まあ、女を騙すクズとか結婚詐欺師とかの手法って言うのは大して独創性はないからな。
単なる自己陶酔タイプも、自分にとって不満な状況を悲劇っぽく色付けて人に漏らして同情を誘い、女の関心を集めようとする事も多い様だし。
そう言うのに限って問題が起きそうになると女性を犠牲にしてでもなりふり構わず自分を守ろうとするんだけどな。
「あらま。
それで?
その男が脅迫者なのか、それともそいつの知り合いの誰かなのか、分かったの?」
女の方が口が軽いと思われがちだが、意外と本当に不味い男女の関係についての相談とかは男の方が気軽に『信頼できる』相手とやって、情報漏洩に繋がりやすい。
女性の場合はメイドも誰もいないプライベートな状況というのは醜聞になりかねない為、自分の家の中以外では秘密を安全に共有できる状況がほぼ無い。お陰で秘密の相談というのをしにくいし、女性本人にしてもなんと言っても女の敵は女、良い男を狙うライバルは他の若い女って分かっているからな。
女性同士での相談なんて、弱みを晒してライバルに出し抜かれる危険が高いとそれなりに分かっているのだ。
そこら辺を知らないぐらい世間知らずな若い女性だったら、早い段階で秘密が漏れて家族に何らかの方法で守られるし。
男の場合・・・それこそ、美味しい婿入り先とか、美人な女性の恋人とかをつい他の人間に自慢したい思いがあるのか、意外と相談の様を呈した自慢話をする馬鹿が多いんだよなぁ。
盗賊時代に貴族の屋敷に隠れていた時なんぞは、書斎や客室で色々と『いや、その話を他人にするなんて、馬鹿かよコイツ??』と思うような相談事をしている若い貴族をちょくちょく見かけた。
「それを調べるために、自白剤をバラまいたのよ。
で、幸い誰が持っているのかは分かったんだけど・・・隠し場所は流石に口に出さなかったからね。
ちょっと取り返すのを協力してもらえるかしら?」
シェイラが肩を竦めながら言った。
「ちなみに、なんでその友人を助けたいんだ?」
はっきり言って、友人の従姉妹なんて完全に赤の他人だ。
商業ギルドのパーティに自白剤をバラまくなんて危険なことに加担し、俺に違法行為を協力させるだけの大切な人間なのだろうが・・・理由を聞きたい。
「私が大学で経営学を学びつつ歴史も受講していたのを知っているでしょ?
父親に黙って歴史の道へ歩もうと決めた時に色々と助けてくれた人なの。
で、その従姉妹はその子の弟妹の母親代わりみたいな存在でね。
従姉妹の母親が亡くなって友人の家に引き取られてから母親代わりみたいに子供たちの世話を見たせいでちょっと婚期を逃しちゃったのを友人が気にしていたし・・・やっと下の弟が寮に入って手が掛からなくなったからって従姉妹を社交界に連れ出したら、気付かぬ間に変なのに引っ掛かっていたって訳」
世間知らずでちょっと行き遅れな若い女性なんて、引っ掛けやすかっただろうなぁ。
大学でシェイラの友達になるなんて、貴族か豪商の家の人間か知らんがちょっと変わってはいる女性だと思うが・・・そいつの母代わりが騙されやすいとは、意外だ。
まあ、シェイラの人生に重要な助けを提供した相手の親代わりってことなんだ。
こっそり協力するとしよう。
しっかりしている人って身近な人が露骨な嘘に騙されるなんて想像もしてないから脇が甘いのかも?




