その想いの名は……(1)
リルディアーナ視点。
やっとその想いを自覚する。
部屋のベッドのうえで、ぼんやりと窓の外に浮かぶ月を見上げる。
煌々と輝く月は綺麗だ。
ランス大陸では、太陽を見たことがないと母様は教えてくれた。
でもトリア大陸には太陽も月もある。
そのことが不思議で、聞いてみたことがある。
母様は「どうしてかしらね?」と逆に私へ聞いて来た。
その時、私は何と答えただろう?
ただ、私の答えを聞いた母様が、すごく嬉しそうな顔で抱きしめてくれたことを覚えている。
「会いたいな。母様……」
昔から何か悩みがあると、こっそりと母様の部屋へ行って、お話を聞いてもらっていた。
『きっと大丈夫』
母様はいつも穏やかな微笑みを浮かべて、何があっても最後にそう言ってくれる。
ちっとも大丈夫じゃないことだって、その言葉を聞けば頑張れて何とかなる気がした。
(母様、私どうしたらいいのかな?)
エルンが知らせに来てくれた、クラウスたちが見つかったという話。
もうすぐクラウスとアランに会えるんだ。
それはすごく嬉しい。
だけど、それはカイルと別れが来ることを意味している。
その事実を始めて強く実感して、胸が引き裂かれそうなほどに痛くなった。
(仕方ないじゃない。私はエルン国の姫でイセン国王に会いに来た。此処に残ることなんて出来るわけないんだもの)
当たり前すぎることを何度自分に言い聞かせても、胸の痛みは一向に収まらない。
別れたら二度と会えないかもしれない。
カイルだけじゃない。
ネリーやラウラ。
エルンやユーゴさん。
その他に一緒に働いている人たち。
私を受け入れてくれたみんなとも会えない。
誰も私がエルン国の姫だということを知らないんだもの。
「もし本当の私を知ったら、カイルはどう思うのかな?」
金の髪に青い瞳。
この大陸の民にしては白すぎる肌の色。
誰もが最初は自分の姿を好奇な瞳で見つめる。
分かってはいることだ。
この大陸ではとても珍しい見目だということは。
だから、誰に何を言われてもめげたりなんかしない。
自分の容姿を否定することは、大好きな母様を否定することになる。
いつだって笑顔と負けん気で相手に真正面からぶつかってきた。
(なのにカイルの反応を考えると、どうしてこんなにも恐くなるんだろう?)
“気味が悪い”と言われたら?
“騙していたのか”と軽蔑されたら?
嫌な考えがばかりが脳裏を過り、それを慌てて頭を振って打ち消す。
「このままお別れは嫌だ」
きちんと真実を話したい。
自分のことを知ってもらいたい。
書庫でカイルに抱きしめられた時の感触を思い出す。
優しくてそれでいて力強い腕。
言葉はなくても、同じ気持ちだったのだと感じることが出来た。
カイルも私に会いたいと思ってくれていたのだと。
(カイルに会いたい。ううん。会いに行かなきゃ)
膝を丸めて、ウジウジ考え込むなんて私らしくない。
煌々と輝く月が、私の気持ちを後押しする。
こんなに月の綺麗な夜は、前のようにカイルは中庭にいるかもしれない。
何の確証もないけれど、行ってみる価値はあるはずだ。
「よし!」
静かに部屋を出ると、中庭を目指して走り出した。
……………………
「何だか変……」
視界に広がる中庭はいつも通りの風景。
一面緑が敷き詰められ、青く色づく木々が周りを囲み、中央には大きな噴水がある。
何本かの柱が噴水を取り囲み、その柱には蔦が伝い、赤い優美な花が咲き誇っている。
神話に出てくる楽園のように美しい場所。
それなのに、なぜか大きな違和感がある。
前とは違う何か。
「うーん。何だろ? この感じ。すごく変な感じがする」
思わず独り事が漏れる。
中庭にカイルの姿はない。
そうであるなら、ここで引き返すのが正解だと思う。
それなのに、どうしても踵を返す気にならない。
ユラリ。
「え?」
一瞬、視界が揺れて何かが見えた。
『くっ!』
男の人が苦しそうに呻く声。
「な、なに?」
ユラリ。
「!?」
再度見えたのはカイルの苦しそうな姿。
それから誰かもう一人の後ろ姿。
「カイル!」
考えるより先に体が動いていた。
無我夢中で走る。
頭では、そこには誰もいないのだから、走ってもたどり着ける訳ないと結論を出しているのに、想いが私を走らせる。
体が熱くなる。
鼓動が早まる。
見えないその場所目がけ手を伸ばす。
「!」
手が何かに触れた。
まるで水に手を入れたような感触。
見えないけれど、そこには何かがあって、その先には違う空間がある。
「へ? きゃっ」
戸惑いを感じた瞬間、私はそのもうひとつの空間に吸い寄せられる。
抗えない大きな力がその場所に導いた。




