触れ合う心と言えない想い(1)
カイル視点。
レイとテオの存在は、カイルの気持ちかき乱し……。
リルディが退出し、その場には俺とレイとそしてテオが残る。
後ろに控え、我関せずといった顔で、テオは目も合わせことをしない。
今の一部始終をどう思っていたのか、その気持ちをうかがい知ることは出来ない。
俺が付けた傷は、すでに完治しているようだ。
胸の辺りに包帯も見えない。
そのことに少し安堵する。
「あーあぁ。兄上に頼めばいつもみたいにくれると思ったのに。断れるとはね」
「さっき話した通りだ。諦めろ」
レイの言葉にイライラが募る。
なぜよりにもよってリルディに目を付けるのか。
苦い想いがこみ上げる。
「……兄上でもそういう顔するんだな」
「どういう意味だ?」
「気付いてないわけ? 兄上がそこまで執着するの初めてみた。僕が何をねだっても、二つ返事で寄こすくせにさ。分かりやす過ぎる。それに、リルディも兄上になついているよね? もしかして、二人はそういう仲なわけ?」
楽しそうに笑いながら、レイの目の奥底は笑ってはいない。
「馬鹿な勘ぐりをするな。それより、なぜお前が此処に居る?」
レイ……レイモンド・イセン。
俺の腹違いの弟。
といっても、顔を合わせたのは数える程度しかない間柄。
俺が城に入ってすぐにレイは城を離れ、大陸をあっちこっち周っていたらしい。
現在は、病で伏せていることになっている王である俺に代わり、王代理として執務を行っている。
代理とはいえ、やることは山のようにある。
こんなところにいる時間などないはずだ。
「大丈夫。いくら王代理だって、ほんの1、2時間部屋にこもる時間くらいあってもいいだろ?」
「魔術を使って来たのか?」
レイの言わんとすることを察し、チラリとテオを見る。
「私が魔術持ちだということは、あそこの者たちは知らないからな。我が主の命とあらば、断ることも出来ないだろ。まさか、メイド会いたさに……とは、私も知らなかったが」
簡潔にそう説明をする。
そこには、前会った時のような、昔の気安さはない。
ただ説明を求められ、口を開いただけ。
だから俺も、テオへそれ以上は求めずレイへ言葉を向ける。
「リルディとどこで会ったんだ?」
「この屋敷の庭だよ。空から降って来た」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
俺との出会いも、あいつは空から降って来た……というか、俺が落としたわけだが。
なぜ、一度ならず二度までも、リルディは空の上にいるのだろう。
「木にひっかかったシーツを取りに登って、足を滑らせて落ちたんだそうだ」
俺の唖然とした顔を見て、レイはおかしそうにそう付け加える。
「……」
あぁ。リルディならやりかねない。
即座にそう思う。
そういえばあの日、シーツを追いかけるリルディを見かけた。
あの後、木に登ったわけなのだな。
やはり、あの時追いかけるべきだったと、今さらながら後悔する。
「でも、その前からきっと僕は彼女を知っていた」
「どういう意味だ?」
「内緒だよ。兄上なんかに教えてあげない」
「……」
レイは、時々こういう顔をする。
普段の無邪気さからかけ離れた、酷薄な笑みと冷たく拒絶するかのような瞳。
その顔を見るたびに、あの男を思い出させる。
『安楽な“死”か艱難な“生”か。貴様に選ばせてやる』
今でも鮮明に思い出すことが出来る。
罪人のように目の前に付きだされた俺を見下げて、酷薄な笑みと冷たく拒絶する瞳を向けてそう言い放った男。
王になるべきして王になった男。
イセン国前王。俺とレイの父親。
(いや、父であるものかっ)
俺は未だに認めることは出来ない。
あいつは俺にとって憎悪の対象でしかない。
「カイル」
空気が鋭くなったのを感じ取ったテオが、警告の声を発する。
「あぁ。大丈夫だ」
「顔色が悪い。暴走するなら、僕がリルディを口説き落としてからにしてくれ」
「ぬかせ。誰が貴様に口説かせるか」
レイは本気とも冗談とも取れぬ言葉をシレッとした顔で発する。
どうにも、こいつの本心はどこにあるのか分からず苦手だ。
そもそも、俺とテオのことを知っているのだろうか?
ふと、そんな疑問が過る。
「ふぅん。まだ何とか大丈夫そうだね。じゃ、そろそろ戻ろうかな。テオ」
「あぁ」
俺には目もくれることなく、テオはレイに促され魔術を発動させる。
テオの呪いの言葉で、その場に光の入口が現れる。
それをくぐれば、イセン国城の一室にたどり着くのだろう。
テオは無言のまま光の中に消えていく。
「……」
あの時の決別から分かっていたことだ。
もう昔のようには戻れない。
俺はテオを許さないし、テオは俺を切り捨てた。
だから、俺たちは他人以上の他人なのだ。
光の入り口を前にレイは俺を振り返る。
「安心して兄上。玉座はいつでも返すから。だけどテオは返さないよ。あれは僕の“下僕”だ」
「!?」
「それからリルディも必ずもらうよ。兄上じゃ彼女を不幸にするだけだ。僕の方が彼女を幸せにしてあげられる。兄上だってそう思うだろ?」
レイは挑戦的な瞳で俺を一瞥し言い放ち、光の中へと解けて消えた。
「俺は……」
言葉は誰に届くことなく消える。
ただ、強く拳を握りしめ佇むのだった。




