騎士とメイドと王子様(1)
クラウス視点。
未だイセン国は遠く……。
俺は死ぬつもりだったんだ。
死んで“償う”つもりだと言えば聞こえはいいだろう。
だけど実際は、死んで“楽に”なりたかっただけだ。
俺を救いだしてくれた優しく可愛い姫様。
けれど、姫様の側にいるには俺は穢れ過ぎていた。
だから、こっそりと消えてしまおう。
そう思っていたのに……。
『その命をいらないと言うのなら、私がもらい受けますわ! 命令よっ。これからは姫様のために生きなさい! 勝手に死ぬことは許さない!!』
そう言って激怒している彼女は壮絶に美しかった。
逃げ出すことばかり考えていた俺の手をとり、引きもどしてくれたのは彼女で。
いつからだろう?
それが恋だと知ったのは。
大それた想いだと知りながら、彼女の側に一生いたいと思ったのは。
彼女は俺の生きる糧だ。
彼女と共に姫様を御守りすること。
それが、俺の生かされる意味。
(まだ死ねない)
意識を覚醒させる。
体が鉛のように重く、頭が割れるように痛む。
風に舞う砂が視界を不明慮にしている。
あの男とアランのところを出て、イセン国を目指していたはずだ。
だが、途中で気を失っていたらしい。
(あれからどのくらい経った?)
砂漠の真っただ中、すでに半身砂に埋もれている。
このままでは、ここで朽ち果てることとなる。
(頼むから動け)
そう体に命令したものの、指一本動かすだけでも苦しい。
太陽の照りつけに、意識がまたも遠のきかける。
俺は、こんなところで終わるのだろうか?
姫様を守るためでも、あの男に一矢報いるでもない。
道に迷って野たれ死ぬ。
「ははっ。笑い話にもならない」
声に出すといっそう滑稽で笑える。
彼女はきっと怒るだろう……そして、泣かせてしまう。
「勝手に死ぬのは許さないって言ったはずですわ」
彼女の声が聞こえる。
そんなはずはないのに。
こんな砂漠の真ん中にいるわけがない。
たとえ幻聴でも、彼女の叱咤は心地いい。
「イザベラ……ごめん」
最愛のその名を呟き意識を手放した。
………………
「謝って許されるものではありませんわっ」
「すみません」
憤怒の形相で俺を睨むイザベラに、正座をして頭を下げる。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていましたけれど、ここまで救いようがない馬鹿だなんて思いませんでしたわ」
降り注ぐイザベラの声は容赦がない。
此処は、砂漠に立てられた風除け程度の簡易テント。
イザベラの献身的な介抱のおかげで、俺は何とか意識を取り戻し動き回れるまでに回復した。
そうして、さっそくイザベラに怒られているというわけだ。
「……私に黙っていなくなるだなんて許しませんわ」
顔を上げると、今にも泣きだしそうなイザベラの姿があった。
「イザベラ」
立ち上がると、小さく震える彼女を抱きしめる。
いつも怒ってばかりのイザベラだけど、俺は知っている。
本当は誰よりも優しく繊細なんだということを。
そんなイザベラが愛しくて可愛いと思う。
「おいっ。こら! 貴様ら、俺の存在忘れているだろっ」
優しくイザベラの涙を拭っていると、言葉の通りすっかり忘れていたもう一人が声を荒げる。
「きゃっ。も、申し訳ありません!」
イザベラは力一杯俺を突き飛ばす。
未だ体力が全快していない俺は、そのまま砂の上に顔から落ちる。
「誰のおかげで助かったと思っているんだ。まったく」
「もちろん、感謝しております。アルテュール殿下」
久しぶりにあったリンゲン国第二王子は、相変わらず美しい見目をしている。
まさか、こんな場所で出会うとは思いもしなかった。
砂漠で倒れた俺は、砂馬で駆けてきたイザベラとアルテュール殿下に助けられたのだ。
「本当にお手間を取らせて申し訳ございません。なんとお礼を申し上げたらよいか」
「別にいい。イセン国に行くルートの途中だしな。それに、こんなダメ騎士でもいなくなればリディが悲しむだろう」
そっぽを向いているのは、照れているからだろう。
「あの、それでなぜイザベラとアルテュール殿下が一緒なのですか? それに、俺のことをどうやって知ったのでしょう?」
アルテュール殿下は隣国の第二王子で、姫様とエドゥアルト殿下の幼友達。
その縁でイザベラとも面識はあるが、それほど親しい間柄というわけではないはずだ。
俺の問いに、イザベラはひどく複雑な顔で口を開いた。




