優しい視線?(2)
私たちがいる食堂からは遠い、離れの建物にユーゴさんはいる。
ちょうど窓の外に目を向けているユーゴさんの視線の先は、私たちに向いているようにみえる。
「なになに? 突然黙ってどうしたの?」
ユーゴさんのいる建物があるのは、ネリーの背中側。
今の座り位置から、ユーゴさんの姿が見えないネリーは首を傾げている。
「えーと。ネリーの後ろの建物にユーゴさんがいるんだけど……」
「えー? どれどれ……」
「振り向かないで!」
思わず動きかけたネリーを制止する。
だって、ユーゴさんの視線は、こちらにあるような気がしてならない。
というのも、今食堂にいるのは私たち三人。
仕事がずれ込んでしまったから、遅い昼食を取っているのだ。
そんな私たちを見ているということは、何か気になることがあるのかも知れない。
気付いたとバレれば、やってきてまた何かダメ出しされるんじゃないかと、若干の恐怖心がある。
「ユーゴ様、こちらを見ている」
「え? こんな遠くから分かるの?」
私では、あそこにいるのがユーゴさんだと分かる程度だ。
多分、ユーゴさんもこちらの視線には、気付いていないのだと思う。
それくらいの距離はある。
「ラウラは異様に目がいいのよ。……って! そんなのどうでもよくて、氷の君がこっちを見ているってなんで!? 誰か何かしたわけ?」
ネリーも私と同じことを思ったのだろう。
少しだけ顔が青くなる。
「ううん。違う。すごく優しい目。ユーゴ様、時々そういう目で見ているの」
「えー? 氷の君が、そんな目しているのなんて見たことないんだけど」
確かにネリーの言うとおりだ。
私の見るユーゴさんはいつも、厳しくて冷ややかな目をしている。
「見てるって、何を?」
「リルディだよ」
「え?」
「えぇ!?」
私とネリーから同時に奇声が出た。
「なにそれ! 刃の君と麗の君に、氷の君まで? ちょっとリルディ、どういうことなのよ!?」
身を乗り出してきたネリーにそう言われても、むしろそれは私が聞きたいくらいだ。
「ラウラ。きっとそれって、目の錯覚だよ。ユーゴさんに、優しい目を向けられた覚えなんてないし」
「ううん。ラウラ知っているよ。ユーゴ様はリルディを見る時、時々すごく優しい目をする。理由は、ラウラにも分からないけれど」
私の言葉をはっきりと否定してラウラは微笑む。
「熱烈大ファンが言うことなのよ? ものすごく信ぴょう性あるわよね」
キラキラと瞳を輝かせているネリー。
完全に面白がっている。
「……」
もう一度視線を向けてみるけれど、すでにそこにはユーゴさんの姿はない。
(ユーゴさんが私を見ているなんてありえないよ)
メイドの問題児として目を付けている……なら分かる。
それが、優しい目で……となると、話はまた変わってくる。
そんなことありえない。
何度考えても、そんな結論に達してしまうのだった。
………………
それからすぐに、私はユーゴさんの執務室へと呼び出しを受けた。
「……」
いつも通り、どこか冷ややかな目で私を見ている。
(やっぱり、ラウラの気のせいだよ)
この視線のどこをどう変えたら優しくなるのか。
そもそも、ユーゴさんが優しい目をしている様子なんて想像できない。
「……」
というか、今度は何を言われるんだろう?
(掃除には細心の注意を払っているし、洗濯もかなり上達したつもりなんだけど。あぁ! もしかして、この間客室に掃除用具を一つ忘れた件? ううん。でもあれは、ネリーが気がついてすぐ回収してくれたはずだし……)
頭の中で、呼び出された理由をあれこれと考えてしまう。
「あなたがメイドになって数日。相変わらず、適正が感じられません」
「……」
開口一番、根底からダメ出しをされてしまった。
覚悟はしていたけれど、やっぱり落ち込んでしまう。
「ですが、改善はそれなりに見受けられます。それは評価しましょう」
「!?」
初めてユーゴさんからプラスの評価をもらえた。
青天の霹靂ともいえるくらいの衝撃だ。
「ネリーが指導をしているようですね」
「はい! 色々と教えてくれて、すごく助けられています」
「そうですか」
優しい目……ではないけれど、その声はいつもより幾分か柔らかい。
ほんの少しでも評価してもらえたという事実に、飛び上がるくらいに嬉しい。
「ただし、やっと人並みになったという程度です。私としては不本意ですが、カイル様の希望なので仕方がありません」
「カイル様?」
突然出て来たカイルの名に、私は訳が分からず目を瞬く。
「此処に呼び出したのは、新しい仕事を伝えるためです」
ユーゴさんは、いつもと変わらない無表情でそう言い放った。




