本と紅茶と甘い……(3)
カイルの言葉に胸が早鐘している。
私は立ち上がり、数歩歩いて乱れがちな鼓動を整えるため一度深呼吸して、口を開く。
「もちろん、カイルの側にいるわよ。ただしメイドをしながらね」
「俺は……」
「うん。心配してくれるのは嬉しいよ。カイルが側に居てくれれば心強いもの。カイルがいるから、私はがんばれるんだよ」
逃げ出したいと思ったのは、“カイルに嫌われたかもしれない”ということが恐かったからだ。
妙な縁で出会ったカイル。
いつの間にか、その存在がとても大切なものになっていた。
私自身、気がつかなくて混乱してしまうほどに。
「そう、きたか。……俺の負けだな。お前はまったく」
呆れを含んだ笑みを浮かべる。
いつものカイルだ。
そのことに何だかホッとする。
「そうだ! エルンにもらった砂糖菓子、一緒に食べよう」
「いいのか?」
「うん。二人で食べた方がおいしいもの」
カイルの隣に座り直すと、可愛らしい小箱から、砂糖菓子をつまみ出す。
「はい。カイル」
「あぁ」
「!」
私が持っている砂糖菓子を手ではなく、そのまま口を寄せて食べる。
カイルの唇がほんの少しだけ、私の指を掠める。
「なんだ?」
驚いて声も出ない私を見て、カイルは不思議そうに問いかける。
「だ、だって、口で……」
まさかそういう行動に出るとは予想も出来なかった。
「本に触れるから、手を汚したくない。誰もいないんだ。別にいいだろ」
「そ、そういう問題っ」
「なんだ? リルディは行儀作法に煩いのか?」
「ううん。そんなことないよ。そ、そうだよね。本、汚さないようにしなきゃだもんね」
何だか気恥かしい気分だけど、私が意識しすぎなんだわ。
私も平常心を取り戻すため、砂糖菓子を口に運ぶ。
「うわっ。甘くておいしい……」
口に入れるとフワリと溶けて、優しい甘みが口いっぱいに広がる。
それだけで、何だかすごく幸せな気分になる。
「今度、エルンにお返ししなくちゃ」
おいしいお菓子はもちろんだけど、こうしてカイルと仲直りするきっかけも作ってもらえた。
感謝してもしきれないくらいだ。
すぐに次を食べたくなって、もう一つ取って口に入れようとした瞬間、それをカイルが横獲る。
「ちょっ、指……指も食べたっ」
「少しふれただけだろ。それにしても、異常に甘いなこれ」
真っ赤になる私に、カイルは舌で唇に付いた砂糖を舐めてシラッとして言い放つ。
ううん。触れたなんて可愛いものじゃない。
しっかりと指も一緒に舐められた。
「そ、そんなに食べたいなら、言ってくれれば先に渡したのに」
「食べたいんじゃない……食べさせたくないだけだ」
「え?」
意味が分からずカイルを見ると、なぜだか少しだけ不機嫌そうだ。
私が全部食べちゃうと思っているのかな?
「あの、たくさんあるから大丈夫だよ?」
「そうだな。今度は俺がエルンストより、もっとたくさん用意してやるからな」
「あ、うん。ありがとう」
よく意味が分からないけれど、肯くとカイルは満足気な顔になる。
「あいつに先を越される羽目になるとはな。俺だってあんなことがなければ、祝いの品くらい……」
ブツブツと聞こえてくるカイルの言葉は切れ切れでよく聞き取れない。
「ところでカイル。ずっと気になっていたんだけど、この部屋ってなに?」
「見ての通り書庫だ」
「そりゃあ、本がたくさんあるのは分かるけど。どうして、本がたくさん落ちているの?」
私の問いに、気まずそうに視線をそらして答える。
「……ここは俺くらいしか利用しないからな。読み散らかしていたのが積み重なって、こういう状態になったわけだ」
「つまり、カイルが読みっぱなしにしていって、こういう状態に?」
「言っておくが、ここにあるのは魔術に関連するものが大半なんだ。総合的に学ぶために、何冊も同時に必要だったりもする。いちいち、本棚にも戻すのも手間だろ」
それにしても、あまりにもひどい状態だ。
知らない人が入ってきたら、嵐でもあったのかと目を剥くだろう。
「まあ、そろそろ整理も必要か……」
コクリと一口紅茶を飲んでから、カイルは独り心地で呟いて、何かを思案しているように、顎に手を当てて無言になる。
「カイル?」
「あぁ。そうだな。やっぱり必要だよな?」
「うん。綺麗にするのはいいことだと思うわよ」
同意を求められ私は大きく肯く。
見習いとはいえメイドの私としては、お屋敷は綺麗にしておきたいと思う。
私の答えにカイルも肯く。
でもなんだろう?
何だか、ちょっとひっかるものを感じた。




