姫君、メイド見習いになる(5)
「……」
「……」
二人は無言になる。
「ご、ごめんなさい。立ち入ったことを聞いてしまって。答えたくないことなら別に……」
「いや。そうではなくて……俺にも分からないのだ」
私の言葉を遮り、カイルは憮然とした顔で答える。
「分からない?」
「襲った相手が誰なのか。目的は何なのか。俺にも分からない」
「そっか。心当たりがないのね」
「いや、あるが」
「うんうん。そうだよね。ある……あるの!?」
うっかりそのまま聞き流しそうになったけれど、カイルはすんなりと私の言葉を否定した。
理由は分からない。
けれど心当たりはある。
矛盾した答えだ。
「あぁ。ある……というか、昔からありすぎて、絞り込めないというのが正しいな。そういう地位にいるのだし、仕方のないことではあるがな。……ただ、今回のことは少々毛色が違う事態だ。首謀者を割り出す必要がありそうだ」
「確かに。色々と調べる必要がありそうです。自分も動きます」
「頼む。砂漠で、暗殺者の一人ぐらい生け捕りにするべきだったのだがな」
「生け捕ったところで、口を割る可能性は低いでしょう。カイル様を襲ったのです。命をかけるくらいの気合のある輩だったかと」
「……」
二人の会話に言葉を失くす。
命を狙われたというのに、まったく動じる様子もない。
しかも、昔からありすぎることって……。
大国はかなり物騒なところだ。
と聞いてはいたけれど、貴族というだけで命を狙われてしまうなんて、なんて恐ろしい。
クラウスが慌てふためいて付いてきのも頷ける。
「どうした? いきなり静かになったな?」
黙りこんだ私をみて、カイルが不思議そうな顔をしている。
「申し訳ありません。恐がらせてしまいましたね。大丈夫ですよ。屋敷の警護は、強固なものになっておりますので。暗殺者が忍び込むなどという失態は、二度と起こらないでしょう」
怯えていると解釈したエルンストさんは、私へと優しい笑顔を向ける。
「それに狙いは俺だ。俺に近づかなければ、何の心配もないさ」
カイルのその言葉に私は口を開く。
「そんなわけにはいかないわ。私はココのメイドになったのよ? カイルはこの屋敷主。つまり、私のご主人様なのよ。ご主人様の命が狙われるなんて大事じゃない!」
興奮気味にいう私にカイルは少したじろく。
「おま……ご主人様って……」
珍しく動揺しているみたいだ。
妙に歯切れ悪く言葉を転がし、口元を押さえたまま私から視線を外す。
「カイル様のお心をここまで惑わせるとは……。さすがであります」
なぜかエルンストさんは、感心したように大きく肯く。
「え~と?」
(私、何かおかしなことを言ったかしら? だってイザベラはよく、『メイドはご主人様命! 姫様は我が主。不逞の輩が現れたら、体を張ってお守りいたしますわ!』って、ことあるごとに言っていたし。カイルは私の主になるわけだし、おかしなことは言っていないはずなんだけど)
二人のおかしな反応に戸惑ってしまう。
「ともかく……だ。自分のことは自分で何とかする。お前は心配せずとも良い」
「砂漠で行き倒れかけたくせに……」
「何か言ったか?」
「いいえ。なんでもないです」
威圧的な視線を向けられ、私はとりあえず口を噤む。
「それでは、自分は戻ります」
「あ、はい。ココまで連れてきてくれてありがとうございました。エルン……」
言いかけた私の口元に、エルンストさんは人差し指を当て言葉を止める。
「?」
「エルン、とお呼びください。プライベートでは、皆にそう呼ばれていますので」
エルン……偶然にも私の国と同じ名前。なんだか親近感と安心感がある。
「では、エルンさん?」
「“さん”も取っていただきたい。それに敬語でなくて構いません。ココにいる間は、自分を身内と思い、気軽に話していただきたい」
「ですが……」
そんなに馴れ馴れしくしてしまっていいものか判断に困り、カイルを見る。
「本人の希望だ。構わないだろう」
カイルの答えに、私は一つ咳払いをしてから、エルンスト……エルンを見る。
「じゃあ、エルン。今日はありがとう」
「どう致しまして。よかった。これで自分も、あなたをリルディと呼べる」
心底嬉しそうなエルンに私も笑みを返す。
ニコニコと笑い合い、何だかほんわかとした雰囲気になる。
「エルンスト……」
「はっ。その、何か困ったことがあれば、すぐに教えてください。こちらには、定期的に立ち寄るようにするので」
「ありがとう。エルン」
大国は物騒なところだけど、そこにいる人たちは、人情に熱い人たちなのかもしれない。
私はそんなことを思ったのだった。




