将軍、執事に会う(1)
エルンスト視点。
胸中はイロイロと複雑なものの……。
(さて、どうしたものか)
馬車は工業地区を抜け、居住区へと入った。
そろそろ、屋敷も見えてくる頃だろう。
目の前に座る二人の人物へと視線を向ける。
ワクワクとした様子で、外を食い入るように見つめる少女。
黒髪に青い瞳。
どこか儚げに見えるのは、透き通るように白い肌の所為だろうか?
幼さの残るその少女は、その可憐な姿とは正反対に、子犬のように無邪気で屈託がない。
砂漠でカイル様が、魔術で落したというリルディという名の少女。
常に他者と一線をひいているカイル様が、心を許しているように見える。
まったくもって驚くべき姿だ。
彼女が『馬車を降りる』と口にした時のカイル様は、こちらが唖然とする程の動揺ぶりだった。
悲しそうに俯く彼女を見、何度か口を開いては閉じを繰り返し、最終的に出てきたのは、『迷惑ではない』という言葉。
素直に『行くな』とは言えないのだろう。
不器用すぎる言葉に戸惑うリルディさん。
(照れている)
付き合いの長い自分だからこそ分かる。
リルディさんの視線を受け、不機嫌そうに眉を顰めているが、それは照れ隠し。
魅惑的な女性に耳元で囁かれても、眉一つ動かさない男が、不器用に少女を引き止め、(自分以外には分からないだろうが)盛大に照れている。
あまりにも珍しい光景に、笑いのツボにクリティカルヒットしてしまった。
背もたれに顔をつけ、何とか声を押し殺した。
『エルンスト、何がおかしいんだ』
困り果てたカイル様は結局、矛先を自分に向けてきたのだが。
(それにしても、こんなに素を出すカイル様を久しぶりにみた)
くだんの人物をみれば、ぼんやりと頬杖をつきつつ、時折、リルディさんへと視線を向けている。
無表情ながらその目はとても穏やかだ。
(まさか、手を出したなどということは……)
つい邪推してしまうのは、カイル様の周りがあまりにも複雑だからだ。
お手をつけたとなれば、この少女の人生もまた大きく変わりかねない。
友として、心を動かすカイル様を嬉しく想う反面、家臣としては危惧してしまう。
(まずはユーゴ殿がどう動くかだ)
そう。屋敷にはユーゴ殿がいる。
カイル様帰還は喜ばれるだろうが、この少女のことはどうだろうか?
(考えるだけで頭痛がする)
あの男のことだ。
眉一つ動かさず、”始末しろ”とでも言いかねない。
なにせ、あの男にとって人は二種類にしか分類されない。
“使える者”
または、
“使えない者”
使えないと判断すれば、容赦なく排除する。
『氷の冷相』
そう影では揶揄される男。
考えをめぐらせているうちに、馬車は目的地へとたどり着く。
「ここがカイルのお屋敷?」
馬車の中から、石造りの大きな屋敷をのぞきながら、少女は無邪気に問いかけている。
「そうだ」
「無事に帰ってこられてよかったね」
愛想の欠片もないカイル様へ、我事のように嬉しそうに微笑む。
「……あぁ」
カイル様の声音にどこか優しさが滲む。
(この少女ならあるいは……)
身も知らぬ少女にこんな期待をするのはおかしい話なのだが。
だが、彼女ならばカイル様のお心を溶かすことが出来るやもしれない。
それは、直感ともいえる閃き。
「お前はどうする?」
「もちろん、同行させていただきます。ことの経緯もお聞かせいただきたいので」
カイル様の言葉に、迷うことなくそう答える。
それに、このあとのリルディさんの処遇も気になる。
この無邪気な少女を守りたい。
さっきあったばかりだというのに、そんな使命感が生まれていた。
「あの? 私に何かついていますか?」
見すぎていたせいだろう。
リルディさんは、不思議そうに自分の顔を見返してくる。
「いえ。その、失礼しました」
「変なエルンストさん」
無邪気な笑顔が可愛らしく、なぜかその笑顔をみると胸の鼓動が早まる。
「おい。何をボサッとしている」
「はっ。申し訳ありません」
どこか不機嫌なカイル様の声に我に返る。
(いやいや。和んでいる場合ではない。大変なのはこれからだ)
屋敷にいる男の姿を思い浮かべ、気を引き締め襟元を正す。




