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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
エピローグ~そして姫君は恋を知る~
173/180

執務室にて


 イセン国城の執務室。

 目の前に直立する男を前に、この国の宰相の一人。

 ユーゴ・アリオストは、書類に文字を走らせていた手を止め、あからさまに大きく息を吐き出す。


「どうしても軍には残らないと?」

「ええ。もう決めたことですから」


 鋭い双眸を向けられても、何ら動じることなく第一隊所属の軍人であるエルンスト・メディシスはユーゴを見返す。


「あなたが抜ければ、軍の士気が低下しますね。この忙しい時に頭の痛い問題だ」

「我が国の軍はそれほど脆くはありません。自分が抜けても、十分やっていけます」


 その淀みない答えに、ユーゴはあからさまに顔をしかめる。


「気楽なことを……。王はあなたの気持ちを尊重しろと言っていましたが、私としては納得がいきません」

「引き留めていただけることは嬉しいですが……義理とはいえ父の犯した罪。これはけじめです」


 エルンストの義父であるドリノ・メディシスは、カイルが王であることを由とせず、密かに反乱を目論んだ。

 それは寸でのところで阻止されたものの、宰相という地位にあったドリノはその任を解かれ、今はイセン国管轄下のオアシスに“静養”という名目で幽閉されている。


「それで? あなたはこれからどうするおつもりですか?」

「アラン殿の下につく予定です」

「……」


 予想だにしなかった答えに、ユーゴは正気を問う様に、エルンストを見返す。

 アラン・フェルミ。

 魔術を扱う元暗殺者で、ランス大陸とトリア大陸の民の混血児。

 クラウスたっての望みで、今はイセン国城滞在中のリルディの護衛をしている……というのは建前で、ほぼサボってフラフラとしている。

 ユーゴの頭痛の種の一つでもある。


「いや、別に自棄になっているとかではないですって! 彼は独自にイサーク・セサルの動きを探っているんです」


 ユーゴの胡乱な眼差しを受け、慌てて説明を付け加える。


「なるほど。あの男、何かコソコソとしていると思えば、そういうことですか」

「はい。彼は彼なりに、彼女を守ろうとしているのでしょう。自分もリルディをイサーク・セサルから守りたい」


 決意を秘めた瞳をしたエルンストを前に、ユーゴは軽く息を吐き出し頭を振る。


「揃いも揃って勝手なことばかり。まったく、あの姫君が来てから、気が休まる時がありませんね」


 そう。リルディが来てからのイセン国は目まぐるしく変わった。

 ユーゴが想像していたよりも、はるかに大きく。


「えぇ。特に王の変化は目覚ましい。あれほど嫌っていた政務にも意欲的で、臣下の話に耳を傾け、民へも目を向けるようになりました」


 昔の王は、与えられた仕事をこなし、耳に入ってくる案件を淡々と処理する。

 決して無能ではないが、王として“国を育み慈しむ”という決定的な想いがかけていた。


「やっと王としての自覚が芽生えたようです。やるべきことはまだまだ山積みですが」


 そう言いながら、満更でもないように口元を緩める。


「しかしやる気を出しているのはいいですが、リルディとの時間があまりないようですね」

「らしいですね。この間、ネリーが怒鳴りこんできました。別に私が妨害しているわけでもないというのに心外です」

「あぁ。あの方ですね。それにしても、バーニ前宰相のお孫さんとは驚きました。ユーゴ殿はいつから知っていたのですか?」

「最初から知っていました。バーニ様には、生前色々とお世話になっていましたし、彼女は忘れているでしょうが、面識もありましたから。ただ、あんなに生意気な女性に成長しているとは、想定外でしたが」


 肩を竦ませうんざりとした表情で深い息を吐く。


「しかし、ユーゴ殿が彼女をリルディ付きの女官に推したと聞いていますが?」

「ええ。私に真正面から異を唱え、姫君に肩入れしたのですから。その責任は取っていただかないと」


 暗い笑みを浮かべながら、どこか楽しそうでもある。

 氷の冷相と呼ばれ、無駄なものは冷酷に切り捨ててきた男。

 有能であるが、情というものが些かかけている。

 ずっとそう思っていたが、感情豊かなネリーにつられてか、ユーゴも多少ではあるが、感情というものが垣間見えるようになってきた。


(ユーゴ殿をここまで変えたネリーさんがすごいよな)


 ネリーと口論するユーゴの姿を、城内でよく見かけるようになっていた。

 ユーゴの言葉を論破し、言い負かす命知らずな女性など、ネリー意外にいないだろうと、城内ではもっぱらの噂だったりする。


「なんですか?」

「いえ。何でもないであります! では、そういうことで……」


 生温かい視線を感じ取ったユーゴが、訝しげに眼を細めたのを見て、エルンストは慌てて退室しようと一礼をする。


「ええ。……さて、そろそろ私も王を連れ戻さないといけませんね」

「えっ!? いや、し、しかし、まだ陽は高いですよ!? 早すぎやしませんか?」


 カイルは今、リルディとの時間を楽しんでいるはずだ。

 ネリーの抗議にユーゴが渋々ながら折れて、今日一日は仕事を回さない、ということになっていたはずだった。


「残念ですが急務が発生したので。致し方ないでしょう」

「そ、それは、マズ……いや、まだダメです!」

「は? なぜですか?」


 はた目から見ても分かるほどに、エルンストはあたふたと慌てふためいている。


「そ、それは……。いや、その~」

「何にせよ、時間が惜しい。そこを退いていただけますか?」

「いや! えーと、その! もう少し話したいことがあるのですっ」

「? なんですか? 手短にお願いします」

「あ、え……その。そ、そう! 実は悩んでいることがありまして。ぜ、ぜひ、ユーゴ殿に相談させてほしいのであります!」

「は? なんで私があなたの悩みなど……」

「そう言わずに聞いてください!」


 ダラダラと嫌な汗を流しながら、エルンストは憮然とした表情のユーゴへ、時間稼ぎと言う名の悩み相談を始めた。


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