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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
対面編~そして始まりの時~
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イセン国王とエルン国の姫君(2)


 黒いマントを羽織った漆黒の髪と瞳の見目麗しい男。

 どこか憂いを含んだその瞳には、確固たる決意と威厳がにじみ出ている。

 王と呼ぶには年若く、だがその雰囲気は他者を圧倒する強さがある。


「……」

「……」


 玉座につく男とリルディの視線が絡む。

 あまりにも真っ直ぐなその視線を逸らすことも出来ず、リルディも真正面から男を見返す。


(どうしてカイルが?)


 見間違えるはずもない。

 着ている衣装や纏う雰囲気は違うが、そこにいたのは紛れもなく、自分が恋をしたその人。


『先に謝っておく。こんなかたちになってしまってすまない。だが、俺の想いに偽りはないんだ。俺は全身全霊でリルディを愛しているから』


 別れ際に放たれたカイルの言葉を思い出す。

 それだけじゃない。

 自分がエルン国の姫だと知った後のカイルは、どこか様子がおかしかった。


(カイルがイセン国王……)


 痺れたように思考は曖昧で、それでも何とかそれたけは理解することが出来た。

 未だ残る触れた唇の感触を思い出し口元に指をあてる。

 自分に触れたその人と、玉座についた目の前の人物が同じ人なのだと理解していても、気持ちがついていかない。


「どうぞ」


 ユーゴに促され、リルディはイセン国王……カイルのいる玉座の前へと歩みを進める。

 闇夜を思わせるその瞳は、一心にリルディに注がれている。

 けれど、その表情からは何を考えているのか、読み取ることが出来ない。


「遅かったな」


 カイルのすぐ隣りに、父であるフレデリク・エルンの姿を見止め、リルディは目を瞬く。


(なんで父様が!?)


 つい数日前にあった着崩れた服装ではなく、王としての正装に身を通し、背筋を伸ばし佇むその姿は、一国の王としての顔をしている。


「イセン王。これが我が娘だ。リルディアーナ、挨拶を」


 シレッとそう言い放ち、ほんの一瞬楽しそうに口元を緩めたのを見逃さなかった。


「……ご、ご機嫌麗しくイセン国王陛下。リルディアーナと申します」


 未だ混乱しながらも、何とか形式にのっとり言葉を放ち頭を垂れる。


(父様は最初から、カイルがイセン国王だって知っていたのね!)


 そしてそれを知っていて教えなかったのは、面白がっていたからだ。

 ユーゴの放った警告を思い出さなかったら、殴り倒していたかもしれない。

 震える拳を握りしめ、何とか平常心を保つ。


(父様だけじゃないわ。きっと、みんな知っていたんだわ)


 此処に来るまで再会した人々とのやり取りを思い出し、ようやく色々なことが理解出来た。


「面を上げよ。遠路はるばるよく参った。そなたとの対面嬉しく思う」

「勿体なきお言葉です。陛下」


 カイルは動揺を微塵も示さず、リルディへ王としての言葉をかける。


(こんなに近くにいるのに、すごく遠くに感じてしまう)


 イセン国王は、自分が恋したその人。

 それは、喜ぶべきことのはずなのに、なぜか胸の奥が小さく疼く。


「では、これより前王ゼルハート様の誓約に乗っ取り、お二人の婚姻の儀を執り行うものと致します」


 静寂の中、ユーゴは高らかに言葉を放つ。

 すでに用意された誓約の書。

 そこに二人が名を刻めば、それは簡単になされる。

 そして数か月後には、他国や民へのお披露目となり、リルディは晴れて名実ともにイセン国王の妃となる。


「ここにおられる方々は、この婚姻の儀の証人であり賛同人となります。異議ありという方はいらっしゃいますか?」


 ザワリとその場が揺れる。

 つまりこの場にいるということは、この婚姻を認め、賛同しているということになってしまう。

 かといって迂闊に異を唱えれば、それは直結して王の不信を買うこととなる。

 未だ混乱している臣下たちには、それはだまし討ちともいえる行為。

 不穏な空気が場を支配する。


(陥れるつもりが、陥れられたか。やってくれる)


 愚直すぎるほどの若き王に、これほどのあざとい真似が出来るとは思えない。

 メディシス宰相は皮肉めいた笑いを零し、この策を講じた張本人を見据える。

 ユーゴ・アリオスト。

 異例の経歴を持ち、おそるべき早さで宰相へと上り詰めた男。

 そして、その男が描いたシナリオでことは進んでいる。


(認められるはずもない。かくなる上は……)


 王失脚を目論み失敗した。

 だが、ここで騒ぎを起せば、少なくとも今回の婚姻の儀に疑問を呈することが出来る。

 メディシス宰相は常に身に着けている小剣に手を触れる。

 だが、触れた瞬間にその腕を掴まれる。


「おやめください。義父上」


 周りに悟られぬよう、真正面を見据えたまま言い放ったのは、ほんの気まぐれから養子として引き取った、血のつながらない息子エルンストだった。


「お前か」


 ギリギリと腕に食い込むほどに強いエルンストの力は、怒りとも悲しみともいえるものが込められていた。


「あの方たちに刃を向けるのであれば、自分は義父上とて容赦いたしません」

「そうか。私を止めたいのであれば殺せ。それでこの儀が成されないのであれば本望……」

「異議、あります」

「!?」

「なっ」


 一触即発の緊迫した中、一際よく通る高く澄んだ声に我が耳を疑う。

 この状態でこうもはっきりと異を口にするなど正気の沙汰ではない。


「……」


 視線の先を追いかけ更に唖然とする。

 その声を上げたのは、他ならぬエルン国の姫君だった。


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