イセン国城にて(3)
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数時間前のやり取りを思い出し息を吐く。
早馬を飛ばし、ものの一瞬で体裁を整え、半ば強引にイセン国城へと入った。
入ってしまえばこちらのもの。
一国の王が来訪したとなれば、無下に追い払うことも出来ない。
今この城で、一番権限を有しているメディシス宰相が、この場に現れることは予測通りのことだった。
「エルン国王自らいらっしゃるなど聞き及んでおらず、大変戸惑っております」
メディシス宰相が私へと視線を向けるが、素知らぬふりで受け流す。
「へぇ? 王が病に伏して、王弟が代理を、あなたが補佐をしていると聞いている。それが何も聞いていないとは、これは異なことだ。ふむ。それではせめて王弟に会わせていただきたいのだが」
「……弟君のレイモンド様も今は所用で城にはおりません」
一瞬の重巡ののち、簡潔にそう言い放つ。
「メディシス宰相、俺ははるばる南の国から来たのだ。それもこれも、イセン国王がわが娘との対面を望み、簡略的にでも婚姻の儀を早々にしておきたいとの要望でだ」
「……」
「娘も支度を整え、もうすぐこちらに到着する。リルディアーナは繊細な姫だ。王に会えないと分かれば、落胆し心身を病むかもしれぬ」
重々しく言い放つ言葉は何とも白々しい。
(心身を病むどころか、病床に忍び込んでことの真意を問いただすくらいはやりそうなのだが)
しかし、メディシス宰相はリルディアーナ姫とは面識がない。
ある程度情報を持っていたとしても、それを口に出すことはできない。
ひどく沈痛な面持ちとなっている。
「おっしゃりたいことはよく分かります。……ですが、今は私がこの城を預かる身。であれば、言えることはただ一つです。王との面会は不可能。よって、早々にお引き取りいただきたい」
その言葉に、フレデリク王は纏う空気をがらりと変える。
眼光鋭くメディシス宰相へ視線を向けながら、気だるげに息を吐き出す。
「その無下な扱い。つまり、エルン国からの農作物類の輸出を止めて構わないということか?」
「っ! 何を……もともと我が国とエルン国には国交など……」
「国を通さない裏ルートの取引。俺が知らないとでも? 見くびるなよ」
「っ!」
フレデリク王の言葉に、メディシス宰相は言葉を詰まらせる。
イセン国は土地柄もあり農業はほぼ皆無。
故に、他国からの輸入に頼りきっている。
農業が盛んなエルン国の作物は品がよく、高級食材としてイセン国にも出回っている。
裏ルートで取引されるその数は年々比重を増し、今や出回っている量は相当なものだろう。
簡単に切り離せば、市場が混乱を来すほどに。
(こういうところが、この男の食えないところだ)
“南の賢王”とはよく言えたものだ。
この男は、その幅広い人脈をもってあらゆる情報を網羅している。
そうでありながら大抵のことには目を瞑り、いざという時にその情報を駆使しことを鎮圧する。
武力で抑えるのではなく、相手の懐に入り込み、心理戦で勝利を治めるのだ。
そのうえ敗者をも取り込み、その力を瞬く間に増幅していくのだから性質が悪い。
「裏ルートの指揮をとっているのは、メディシス宰相。あなただ。知らないとは言わせない」
「……」
「エルン国の民は皆、わが娘……太陽の姫君を慈しんでいる。今回の婚儀が白紙となれば、俺が命を下すまでもなく、関係悪化はさけられないだろうな」
小国であるが故の結束力。
王は全力で民の安寧を守る。
だからこそ、民もまた王族を敬い国を重んじる。
数多の国を奪い吸収し、異民族が入り混じる大国となったイセン国には、決して勝てないもの。
ここでエルン国へ無下な扱いをすれば、それは市場への混乱に直結する。
そして、これから反乱を企てようとしているこの男にとって、それは都合の悪い事態。
大きくなりすぎ未だ足並みのそろわないこの大国にとって、小さな火種も大火へと発展しかねない。
国を動かす中枢にいるメディシス宰相に、そのことが分からないはずがない。
返す言葉なく、唇を噛みしめるが、次の瞬間には小さく口元を歪める。
「あなたも無茶なことをおっしゃる。ですがお忘れですか? あなたが相手にしているのはこの大国イセンだ。たかが小国一つを消すことなど造作もないのですよ」
それは決して脅しなどではない。
エルン国は長らく戦を経験していない。
戦慣れしているイセン国が平和すぎるあの国に攻め入れば、何の苦労もなく攻め落とすことが出来るだろう。
(エルン国のみであるならば……ですがね)
フレデリク王を見れば、うんざりした表情で冷めた目をメディシス宰相へ向けている。
即座に言い返すかと思っていたが、意外に冷静のようだ。
「その話、俺にもお聞かせいただきたい!」
対して冷静でいられなかった輩が一人姿を現す。
“麗しい”と形容できる容姿をしたその少年は、威嚇するようにメディシス宰相を睨みつけた。




