翼無き者の選択(2)
「レイ。ここでお前と争っている時間はない。彼女が大切ならば、今は退いてほしい」
「どういうことだ?」
剣を収めた俺を訝しげに見るレイに、ことのあらましを簡潔に話す。
「馬鹿なっ。なぜ、あいつの協力者がリルディアーナを狙うんだ?」
「やはり……か。俺を暗殺するよう依頼している人物をお前は知っているんだな。いや、今回リルディをかどわかし、この国を出ようとしたのも、そいつの口添えなのだろう?」
「……」
沈黙は肯定だ。
押し黙るレイの姿に確信を得る。
「分かっているのか? あいつはお前を遠ざけ、俺を欺き王位を奪うつもりなんだぞ?」
「知っているもなにも、そう仕向けたのは僕の方だ」
放たれた言葉に虚を突かれ、言葉を無くす。
「あいつは、魔力を持つ兄上のことをよく思っていなかった」
「では、王の代理を引き受けたのは、あいつに協力するためなのか?」
魔力制御に限界が近づいていた俺に、レイを代理にするよう進言してきたのは、一人の宰相だった。
俺が魔力持ちと知る数少ない臣の一人。
俺にはそれを拒絶出来る余裕はなかった。
それどころか、一時でも王という責務から逃れられることに安堵さえしていた。
「少し違うな。あいつはもともと、僕を王位に据えたかったんだろうね。だけど、そんなこと絶対にごめんだ。だから言ってやったんだよ。そんなに兄上が嫌なら、あんたが王位につけばいいだろう……ってさ」
「馬鹿なっ」
国を動かす地位を、なぜそのように軽く扱うことが出来るのか。
一つ間違えばそれは、幾人もの運命を巻き込み、民をいらぬ争いごとに誘うこととなる。
「僕はさ、興味があったんだ。父上がわざわざ王にと指名したあんたが、どれほどの器なのか。だから、適当にあいつに加担しながら、それを見極めてどちらかに天秤が動きだしたら、面倒ごとに巻き込まれるまえに、旅立つつもりだった」
そこで言葉を切り、小さく口元を歪ませる。
「けど、あの子が僕の前に突然現れた」
「リルディ……か」
「僕がずっと探していた女の子。僕はリルディアーナを手に入れるために、今回のことを利用したんだ。今頃、あいつは王位簒奪のために動いているはずだよ? こんなところに居ていいのか?」
挑むようなその視線を受け流し、空を仰ぎ見てから再度レイへと視線を向ける。
「俺は一人ではない。信頼している者たちがいる。そして、俺も彼らの信頼にこたえるために、ここに来た意義を果たさなければならない」
「そんなこと、僕の知ったことじゃない。リルディアーナが狙われているなら、僕が彼女を助ける」
そう言い放ちテオに視線を向ける。
その意味を読み取りテオが答える。
「私の魔術が歪められ、あの女は別の場所に飛ばされたのだろう。だが、場所を特定することは……」
バアァン!
遥か遠く、緑生い茂るその場所から突然の爆音と弾ける光を見た。
「オアシスか」
あれは魔術の一種だ。
そして魔術を扱える輩はそう多くはない。
「テオ、行くぞ。もう二度と僕を裏切るな」
「……承知」
テオは俺を一瞥することなく、レイの元へと歩みを向ける。
(今のテオにとっては、レイが守るべきもの。それがテオの選択)
テオはクリスを見捨てたわけではなかった。
翼を捨ててまでも、クリスの仇を討ったのだ。
今はその真実を知れただけでいい。
俺は呪いの言葉を転がし、リルディがいるだろうオアシスへと向かった。




