翼無き者の選択(1)
カイル視点。
リルディを求め、たどり着いた場所は……。
テオの魔術で辿りついたのは、砂漠地帯の一角。
砂に埋もれるように、いくつかの煉瓦造りの建物が連なっている。
その更に先には微かに緑地帯が見えるということは、どこかのオアシス近くなのだろう。
「!?」
その場に降り立つと同時に、光を受けきらめく刃を見た。
それが剣だと認識すると同時に、それは頭上に振り下ろされていた。
「レイ!」
剣を鞘から引き抜き寸でのところで止め、刃を向けてきた相手の名を呼ぶ。
「あんたはいつもそうだ」
「……」
「そうやって、平然と僕から大切なものを奪っていく」
力任せに刃を押し付けたまま、暗く荒んだ瞳を向けて来る。
「あんたの所為で僕は居場所をなくした。今度はあの子まで奪って行くのかっ」
まるで癇癪を起した子供のように、激高し泣くように叫ぶ。
「お前の不遇が俺に一理あるというのは否定しない」
俺が王位を継ぐと決まった後、レイは母親と共に城を出た。
そしてほどなくして、レイの母は亡くなったのだと聞いている。
俺の存在がなければ、王位についていたはレイだった。
自ら望んだことではないにしろ、レイから王位を奪ったのは紛れもなく俺だ。
「それならさ、リルディアーナは僕にちょうだいよ。僕はあの子がいればそれでいいんだ。テオも僕を裏切った。もう僕にはリルディアーナしかいないんだ」
「テオは、お前を裏切ったわけじゃない」
「はっ。白々しいことを。なら、なぜ此処にリルディアーナではなく、あんたがいるんだ? 結局、テオが大切なのはカイル兄上なんだよ」
「何を馬鹿な……」
「馬鹿はあんただ。テオはカイル兄上を守るために、翼を失くして天翼ではなくなったっていうのにさ!」
「!?」
剣筋が乱れよろめき後づ去る。
振り返れば、テオが憮然とした表情で息を吐く。
「テオ、お前はもしかして同族を……」
あまりにも馬鹿げた問いだと思いながらも、確かめずにはいられない。
喉がカラカラに乾き声が張り付く。
「あぁ。そうだ。殺した」
「なっ」
動揺など微塵もなく、落ち着き払った声で言葉を紡ぐ。
誇り高き崇高な天翼。
人より神に近いその一族には、決して犯してはならない禁忌がある。
それが“同族殺し”だ。
天翼は何があろうと同族である天翼を殺めてはならない。
禁忌を犯せば、翼は朽ち果て、天への道は閉ざされる。
(そういうことだったのか)
なぜテオは俺の元を去ったのか。
最後の別れの時、なぜ翼を見せなかったのか。
あの時、すでにテオは翼を失くし天翼ではなくなっていたからだ。
「勘違いするな。確かに私には今、翼はない。だがそれは、私が自ら選択したこと。お前には関係ない」
「なぜだ……。関係がないと言うのなら、なぜ、俺に隠していた!?」
関係ないはずがない。
テオが去り、まるで見計らったようにやって来た城からの迎え。
一度きりで終わった天翼からの襲撃。
それらが偶然であるはずがない。
「むしろなぜ言う必要がある? 私はお前の母の遺言を受け、魔力が安定するまでという約束で、お前を城から連れ出した。魔力が安定し、王として受け入れられたのなら、私の役目も終わりだろう? 面倒事にかかわる義理もない」
テオは天翼であった母の弟。
城で居場所のない俺を連れ出し、クリスの元に預けたのがテオだった。
当時翼がなくとも天翼だという思いがあった俺には、強く知的なテオは最大の目標だった。
「一つ教えてくれ。テオが手にかけたのは、俺を殺しに来た天翼なのか?」
「……あいつはクリスを殺した。俺が庇護するものを勝手に殺めたんだ。当然の報いだ」
「だが! それでお前は翼を……」
「言っただろう? これは私が自ら選択したこと。今更、天に何の未練もない。それに、今はそんなことを悠長に話している場合ではないんじゃないのか?」
“これ以上踏み込んでくるな”
そう言われた気がした。
ここで何を糾弾したところで、テオはもう答える気はないのだろう。
(俺は多くのものを見落としていたのだな)
何も知らず、知ろうともしなかった己の愚かさに、今更ながら気づかされる。
「……レイ、このことは他言無用と言っておいたはずだが?」
もう話すことはないとばかりに俺から視線を外したテオは、今度はレイへと非難がましく言葉を向ける。
「裏切られたからには、黙っている義理もないだろう」
レイは吐き捨てるように言い放つ。
「説明が面倒だな」
小さくつぶやき億劫そうに息を吐き、説明を求めるように俺へと一瞥を向ける。
テオの言う通り今は悔恨をしている暇などない。
俺はレイへと向き直る。




