狂気に囚われて(3)
「ホントに姫さんは、色んな奴に捕まるよな。歩くトラブルメーカーつーか」
いつもみたいに軽口を叩きながらあやふやに笑う。
ずっと色のついたメガネをかけていたから、アランがこんな瞳をしていたなんて知らなかった。
こうして改めて日の光の下で見ると、本当に不思議な色だ。
「……」
「あぁ。やっぱ、気味悪ぃよな。この色」
見慣れない鋼色の髪と瞳に見入っていたことに気が付いて、アランは苦笑を浮かべながら、おどけたように言い放つ。
「そんなことない。綺麗だと思うわ」
初めて見る不可思議な色。
それは二つの大陸の民の血が交じり合って出来た色なんだ。
「は? いやいや。そういう慰めは逆に傷つくっつーか。俺はこんな色大嫌いだしさ」
「慰めじゃないわよ。初めて見た時はね、雨が降る前の空の色だなって思ったの。だけど太陽の下で見ると、青みがかっていて、すごく優しい色が見えるの。アランの色は夜明け直前の空の色でもあるんだわ。いろんな色が入り混じっていて綺麗で、つい見惚れてしまうの。私は大好きだわ」
アランの両親のことを思うと、簡単に口にするべきなのではないのかもしれない。
それでも、本当のアランであるこの色を嫌いになれない。
どんな過去があろうと、見た目が変わろうと、アランはアランで、私が知っているアランに偽りがあるわけじゃない。
「だーっ! な、なんか、そう凝視されっと、居たたまれなくなる! つか、んなこと言ってる場合じゃねーんだっ。今だしてやる……っ」
「? どうし……!」
言葉は不自然に途切れ、アランはゆっくりとその場に崩れ落ちる。
「アラン、しっかりして!」
声をかけるけれど、その声に反応することなく、苦悶の表情を浮かべ倒れ込んだままだ。
「あんな子供だましで、俺が倒せるとでも? 君はそんなに愚かだったのかな?」
アランが崩れ落ち、その後ろには悠然と私を見下げるイサークの姿がある。
「何をしたの?」
「呪いの魔術。全身を激痛が苛んでいることだろうさ。このまま苦痛に耐えきれず自ら命を絶つか、体が耐え切れずこと切れるか……。どちらにしろ、野良犬に相応しい死に方だろう?」
その言葉に、私の中の何かが切れる。
体が熱くなって、怒りとともに、何かが止めなく湧き上がる。
「やめて。アランは私の友達だわ。あなたに侮辱されたくないっ!」
パアァン!!
叫ぶのと同時に、私を閉じ込めていた檻が音を立てて崩れ去る。
檻の残骸がパラパラと降り注ぐ。
イサークはひどく驚いたように目を見開き、けれど次の瞬間には、恍惚とした表情で口元を緩め、視線を私へと向ける。
「……」
その眼差しには、獲物を見つけた獣のような執拗さがある。
この人は危険なのだと、本能で感じる。
「いい力だ。やはり魔力を込めた檻では、お前を閉じ込めてはおけないか」
アランがもだえ苦しむ横で何が楽しいのか、愉快そうに笑みを浮かべてさえいる。
それが無性に腹立たしくて、頭にのぼった血が沸騰してしまいそうだ。
恐怖よりも勝る怒りで体が震える。
「姫……さ……」
「アラン!」
警戒心と怒りとが入り混じりその場から動けずにいた私は、アランの吐息にも近い呼び声に我に返る。
「逃げろ。あともう少し……から」
「いいから、しゃべらないで!」
屈み込んだ私の頬を、アランが震える手でそっと触れる。
「悪ぃ……。俺、あいつに未練があって……姫さんに近づいて。なのにさ、姫さんはあいつとも違くて、けどあったかくて一緒にいると満ち足りるんだ。だから、つい側にいついちまった。俺、マジどうしようもねーんだよ」
アランは焦点の定まらない目で、まるでうわ言のように言葉を絞り出す。
「なんで? アランは大事な友達だわ。側にいていけないことなんて何にもないじゃない」
“あいつ”が誰なのか私には分からない。
私はまだまだアランのことを何も知らない。
だけど、どんな過去があったとしても、アランが私の友達だということは変わらない。
「ははっ。こんな奴友達とか言う……! うっ。あ……あ……」
ビクリとアランの体が跳ね上がる。
瞬きの仕方を忘れたかのように瞳孔が開き、浅い息を幾度となく繰り返し、しきりに胸元をかきむしる。
悲鳴にならない悲鳴を上げているみたいだ。
「魔術を解いて! アランが死んでしまうわ」
「だからそうするつもりだと言っただろう? 彼は俺を怒らせた。当然の報いだよ」
平然と、本当に平然とイサークは言い放つ。
動揺の欠片も示さず、悠然と笑みを浮かべてアランを見下ろすその姿は、まるで死神だ。




